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見たこと、聞いたこと、感じたこと、考えたこと。
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Posted by Ru Na - 2018.03.30,Fri
以前、冬の初めに会ったハヤブサの子のことを書いた。
あまりに幼くてたより無げで、果たして無事に冬越しできるか
心配していた。
その後の大寒波、大雪。
生まれてから最初の冬が越せずに命を落とす野鳥が多いという。
この冬は、昨夏生まれの若い野鳥にとって、格別厳しい冬となった。

いつの間にか桜花がほころんでいる。
五月並の陽気の日が続いて、河岸に山をなしていた除雪捨て場の雪の壁も、
見る見るうちに小さくなった。

私は相変わらず何やかやと忙しく、特に午前中はスケジュールがびっしり。
夕方になってようやく川の様子が見に行ける。
何かと理由を付けては、結局毎日川まで行ってしまうのは、
ダイサギやアオサギなど、サギたちに会うためである。
冬の大ダイサギは、春シベリアに渡るので、しばしの別れが惜しい。
最近は会える日と会えない日が交互する。
会えないと、いよいよ行ってしまったのか、と思って淋しくなり、
翌日会えると、ほっとすると同時に、早く渡らなくていいのかと
心配になる。

今日はもうダイサギの気配はなく、この川にいたダイサギはみんな
去ってしまった気がしたが、
それでももしやと、その姿を探していつもより少しだけ遠出をした。
風が冷たい。日も落ちる。もう帰ろうと引き返しかけたら、
護岸のまばらな枯れ草の中に、じっと動かない鳥の姿。
ハシボソかしら?何をしているの?と近づくと、
羽が茶色いハヤブサの若鳥!
驚かせないようにそっと遠くからズームして見る。
冬の初めに出会ったハヤブサの同じ子のような気がして
思わず話しかけた。

ハヤブサの子はじっと同じ場所に座ったまま、頭だけ動かして
こちらを見る。
見知ったものに対する人懐こい表情をして、警戒心の欠片も
ないような様子。
あどけない顔をして私を見る仕草が、とても馴染み深い感じがして、
ますます同じ子のように思えてきた。
それならば、無事に冬越しが出来たということ。
近頃時々、件のハヤブサの子のことを思い起こしていたので、
天が我々を再会させてくれたのだろうか。

それにしても、ハヤブサの子は一向に移動しようとしない。
身体の向きさえ変えず、動かすのは頭だけ。
どこか具合でも悪いのか?足に釣り糸でも絡んで動けないのか?
夕闇も迫る。だんだん心配になってきた。
「大丈夫?あんよ動かせる?もうねんねに帰らなくてもいいの?」
私は、話しかけながら少しづつハヤブサに近づいて行った。
可愛い目で私の言う事を〔どのくらい分かっているか〕
一生懸命聞いているようだったが、5m位に近づいた時
ようやく仕方なさそうに飛び立った。
良かった! ちゃんと飛べるのだ。

ほよほよとした頼りない飛び方だったが、とりあえず飛んだ。
それで私も一安心して帰路に着いた。














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Posted by Ru Na - 2018.02.16,Fri
記録的と言われる大雪はとりあえず過ぎて、
幹線道路は別に、買い物にも出られないくらい
大量に積もった路地の雪も消えつつあるが、
雪に地表がすっぽり覆われた数日間で、
どれだけの生きものが飢えて、危機的状況に
追い込まれたことだろう。

植物や山岳、時には野鳥を撮りに、県内方々に
足を伸ばしている自然写真家である知人が言うには、
「この雪で食べ物が見つからないせいか、 鳥たちは
日頃食べないものまでつついている。」

先日、私が良く通る道に沿った石垣に、
丸く膨らんだ茶色の鳥がへばりついていた。
ふくら雀ならぬ、ふくら鶫だった!
石垣に縦に取り付いて、羽を時々ぱたぱたさせて、
何をしているのか、と見ると、
石垣に積もった雪から滴る水を呑んでいるらしかった が、
同時に石垣の苔をつついて毟り取って食べていた。
私が3m位の至近距離に来ても、それどころじゃない、
といった切迫した様子。 他の通行人が来たら、
さすがに逃げてしまったが、 何とかしてあげたい。
近頃いつもポケットに忍ばせているビスケットを 砕いて、
ツグミがいた場所に撒いてきたのだが・・・。

庭の小鳥たちは、当然のように人のすぐ側に来て
ごはんが出てくるのを待っている。
日頃は怖がりのヒヨ子も、すぐ目の前の枝にとまって、
大好物のバナナが出てくるのが待ちきれない様子。
みんなお代わりも当たり前のように要求。
せめてこの子たちにはひもじい思いをさせたくない。
野鳥だけれど、ほとんど家族のようになっている。

やはりよく通る道沿いの生垣。
この辺はスズメがよくいたからと、通るたびに ビスケット
などの粉を撒いていたら、 ハシボソガラスが2羽、
食べに来るようになった。
天敵が少なく、賢く融通が利いて、街中であんなに 逞しそうに
生きているカラスだけれど、 普通の冬でも、生まれて1年目の若鳥で
無事に冬越し 出来るものは少ないという。
ましてや、こんな厳冬では・・・。

ボソは私の姿を遠くからでも認めると、嬉しそうに
可愛い顔をして飛んで来て、お口汚しの小さな欠片を 食べる。
そのうちスズメの小群も出てくるようになった。
スズメに混じって、ヒヨが1羽。
それこそ2m位しかない私の目の前で、平気で ビスケットの欠片をつつく。
そのうち手の上からでも 食べそうな雰囲気。
私は初対面の野鳥たちでも、すぐ仲間と思われることが
割と多いタイプのようだが、
それにしても、こんなに警戒心なくしてどーするの?
と心配になるほど。
みな切羽詰っていて、余裕を失っているようだ。
早く普通並みの冬に戻ってよね。

先に食べたボソたちは、近くの木にとまって、
スズメや ヒヨから横取りするわけでもなくただ見ている。
こういう緊急事態。
何だか野鳥たちも譲り合いや 助け合いの気持ちを結構持っている、
というのは、 情緒的に考えすぎだろうか?




Posted by Ru Na - 2018.01.09,Tue
雨やみぞれ、あられや雪、と、相変わらず冬の北陸の空模様は良くない。
まだ明けていないと錯覚するくらい、朝がどんより暗い日も多く、
青空がのぞいたかと思うとすぐまた厚い雲に覆われ、雨が落ちてくる。
それでも、能天気に青空が続く太平洋側の冬より、こんな水っぽい天候が
私は案外好きなのである。

天気が悪いと自転車に乗れないことも多いが、日に一度は川べりに出てみる。
川や川に出るまでの道で、冬季によく友だちができてしまう。
人間や犬猫ではなく、野鳥の友である。
野鳥が友になるなんて、野鳥関係者も含めてほとんど信じてもらえないが、
われわれの関係は、“友”と呼ぶほか他の言葉がない。

イソヒヨ子、イソヒヨ君は、時期が来ればまたつがいになるのだろうが、
今は別の場所でそれぞれ別に会い、今日も会えて良かったね・・。と
再会を喜び合ったり、これから天気が荒れるらしいから気をつけてね・・。
など、いろいろ話をしている。
私がまだもう少し先まで行って、すぐ戻ってくるような時には、
そう言っておくと、待っていてくれたり、呼ぶとまたわざわざ出て来て
くれたりする。こんなに優しくしてもらって時々申し訳なくも思う。
そしてミソサザイも新たな友に加わりそうな気配。

数年越しの友、カワガラスに会えない日もあるが、うまく行き会うと
向うの方がいち早く私を見つけて、ジジッと嬉しそうに鳴きながら
大急ぎで近くまで飛んできてくれるので、しばし話をして、
また明日、と名残を惜しみながら別れるのである。

水鳥たちとも、何か共有する仲間意識がある。
鳥は識別能力がとても優れているらしい。
私にはどのカワアイサも同じに見えるのに、かれらは同じ様な人間の群の
中でも、私をちゃんと見分けているらしい。



Posted by Ru Na - 2017.12.31,Sun
その後の寒波到来で、12月にしては20数年ぶりの積雪があったり、
天候は平年より低温で雨やみぞれの日が多い。
寒い方がよかろうと思うのに、川に来る冬の水鳥はあまり増えない。

秋の終わり頃から会った冬の水鳥たち。(サギも含めて)

コガモ、マガモ、カワアイサ、ホシハジロ、キンクロハジロ、
ヒドリガモ、ヨシガモ、オカヨシガモ、トモエガモ、
ハシビロガモ、オナガガモ、ミコアイサ、ウミアイサ、
ホオジロガモ、オシドリ、マガン、ヒシクイ、セグロカモメ、
カワガラス・・・・
そして冬の大ダイサギ。


冬限定ではないけれど、

カルガモ、カイツブリ、カンムリカイツブリ、バン、オオバン、
カワウ、
水辺の鳥としては、セグロセキレイ、ハクセキレイ、イソヒヨドリ
それから、アオサギ、コサギ、ゴイサギ、何とチュウダイサギ(冬越しするの?)

遠出はほとんどせず、自転車や徒歩で動き回れる範囲で会った鳥たちである。
リストアップしてみたら、この範囲内では、まままあの種数かもしれない。
川で会うウミアイサは久しぶり。ミコアイサは1日だけの遠足。
キンクロハジロが少ないのが気になる。
カワアイサの全体数も少な目。
・・・というか、最近野鳥の全体数が急に激減しているような気がする。
私のいるこの地域だけのことだろうか?
それとももっと広範囲で?・・・何か大きな自然災害の予兆?





Posted by Ru Na - 2017.11.30,Thu
昨日の午後、河岸でしばらく行っていない場所に足を伸ばした。
川に来ている冬の水鳥はまだ少ないようだが、ここも賑わいがいまひとつ。
その中で一箇所、カルガモ、コガモ、カワアイサが集まっている浅瀬があった。
水を撥ね上げて水浴びしたり、追いかけっこで求愛しそうな様子だったり、
皆活発に活動している。

ふと周りを見渡すと、堤防の上の住宅街の電柱に猛禽がとまっていた。
トビにしては色が薄い。
カメラでズームしてみると。ハヤブサの若鳥だった!
ほっぺには立派なハヤブサらしい紋があるのだが、なんだかとても
幼い感じで、どうも今年生まれたまだほんの子供のようだ。

私がじりじりと少しづつ近づいて行ってもてんで平気で、
目の前の川の中のカモたちを眺めている。おそらくコガモを狙っている
のだろうが、どうやって捕っていいか分からずに、ただ眺めているようにも
見えた。

「コガモやヒヨを捕らないでね。ネズミを狙いなさいよ。」と思わず話しかけて
しまった私を、首をかしげて可愛い顔でただ見つめるだけ。
猛禽とはいえ、人の側にこんな無防備にしていていいものだろうか?
まだ獲物の捕り方をちゃんと知っているのだろうか?
コガモやヒヨは捕ってほしくないけれど、この子だって何か食べられなければ
冬を越せずに餓死してしまう。
様子があまりにも頼り無げで、心配になった。

先に進んで橋を渡り、今度は対岸を通って帰る時、
やっぱりハヤブサの子は同じ電柱にとまっていた。が、
先ほどから両岸を行き来していた、この辺りが縄張りのハシボソ一家が、
ハヤブサの子がずっと同じ所から動かないのに業を煮やしたのか、
皆でこの子を追い出してしまった。
とまどったハヤブサの子は、1ブロックほど離れた電柱までよろよろ飛んで、
そこに又ちょこんととまった。

私は馴染みのサギに会いに行かねばならないので、その場を離れたが、
その後この子がどうなったか気になっている。






Posted by Ru Na - 2017.09.30,Sat
その小さな男の子は、にこにこ笑いでうるんだ目を天井に向けたまま、
8畳間の真ん中で、嬉しくってし様がないといった様子で、
小走りのぐるぐる回りをずっと続けていた。
回りすぎて目が回ったのか、最後はぱたっと畳の上に倒れこんで、
それからやっと少し落ち着いた。
幼稚園で仲良しだった男の子が、初めて家に遊びに来た時のこと。
今は亡き幼なじみの彼を思い出す度、何故かこの光景が浮かぶ。

S君は家も近所だったし、共に通っていた幼稚園も近所だったし、
高校を除いて大学までずっと同じ学校だった。
同年代の子供の中でも小柄で幼く見えたが、実は頭がとても良くて
成績が優秀なだけでなく手先がとても器用で、小さい頃から
なんだか色んなものを作っていて、それがあまりに創意工夫に富んで
上手に出来ていたので、よく大人を驚かせていた。

中学生の頃は理科人間になっていて、何でもカエルの心臓移植を
試みたとか、色んな実験に夢中になっているという噂になっていた。
高校は当然県で一番の進学校に行くかと周囲は思っていたが、
ほどほどの進学校へ。それから美大へ。
(まあ私も高校は楽に入れるところを選んだので、当時の美大志願者は
いかに学科の勉強をしたがらなかったかの傾向が、これでちょっと
見えてくるかもしれない。)
この頃、美大入試のための予備校ー美術研究所では、学校の試験で
0点を何枚取ったかが手柄話だった。

高校生のS君はすっかりニヒルになって、ショーペンハウエルなど
読みふけり、社会を斜から鋭い目で見ているようだった。
美術研究所には浪人生が多かった。(当時、美大の油・彫刻に
現役で入るのは至難だった。)
この時分のS君は、実社会を見てきた浪人生たちと一緒になって、
ずい分鋭い社会批判や皮肉っぽい人生論を展開させていて、
ちょっと近寄りがたい雰囲気になっていた。

科は違うが同じ美大に同時期に入った訳だが、いつの間にか疎遠に
なって、気がついたらS君は日展に出品するようになっていた。
何でまた日展!!??
今はどうか知らないが、当時の純美の美大生の大半が、
(というより、私の周囲にいた人たちが)、既成の権威やアカデミズム
(後で考えれば、本当の意味のアカデミズムでは無かったのだが。)に
批判的で、公募展美術団体や元官製の展覧会である日展、
特に「日展なんか・・」と、その権威を頭から否定していたものだ。
だから教授に言われるままに日展に出品している学生との間に、
何か見えない線が引かれているように感じることすらあった。

S君は、本質的に非常に真面目だった。生真面目すぎるくらいだった
かもしれない。

そのS君がまだ園児だった頃に私にくれたのが、
お手本なしで自分で工夫して作ったスズメの折り紙だった。




 ー 続く -









Posted by Ru Na - 2017.09.17,Sun
実は私、学生時代に、“すずめ”とあだ名が付いていた頃がある。
小柄で丸顔で、ぴーちくぱーちくと、ひとりでしょっちゅう囀っていたので、
スズメに似ている、いやスズメそのもの、と周りから見られていたらしい。

私は美大の油絵科だったが、同期の彫刻科の連中とよく集まって、
喧々囂々と青臭い芸術談議をしたものだった。
家のごく近所の傾いた古い長屋に、彫刻科が二人下宿していて、
路地に面した2階の部屋が主なたまり場になっていた。
(1階は、彼らは勝手に床をコンクリートで固めて、制作場にしていた。)
皆夢中で夜通し、芸術論、人生論をまくしたてていたものだ。
それがその頃一番楽しかった。
だから、普通大学の学生が集まって、恋愛やファッションの話をするのを
聞くと、まるで別世界のように感じたものだった。

近所とはいえ、自宅生の私はいい加減に帰らなければならない。
「わたしもう帰るね。」と一人引き上げる時、
「すずめ帰るってよ。・・・さあここから飛んで行きなよ。」と
誰かが必ず窓を開けた。
「すずめは鳥目なので、地上を歩いて帰ります。」
(さすがに2階の窓から出入りしたことはなかった。)

当時(高校時代から)私は漫画家のY.S.さんの同人会に所属し、
同人誌に漫画も載せていたが、その頃の作品に、
自分と自分の周りの美大生の何気ない日常を描いた「わたしはスズメ」
なんてタイトルを付けたものまである。

高校時代、美術部の部室があった古い記念館横は、
どういう地形的条件なのか、鳥の声がよく反響した。
四方全てではなく、南側の木造の外壁近くに立つと、小鳥の声が
天から星が降るように、それでいて空気に白く溶けていくように
不思議な色彩と響きを帯びて聞こえた。(今でもそうだろうか?)

立地条件がいい場所にある高校なので、今思えばかなり多くの種類の
野鳥が行き来していたはずだが、
その頃は鳥の種類に興味はなく、ただスズメの声だけは聞き分けられた。
記念館横の、天から降ってくる銀の響きのようなスズメの声が、
今でも耳の底に残っている。
建物に激突して脳震盪を起こし、私の手の中で亡くなったスズメを
埋葬したのも、この場所。
多感な時代、スズメと共に確かに私の心の何かを埋葬した。
あれは何だったのだろう。

スズメは四十数種類の声音で鳴くという。
とある公園で野鳥調査をしていた山階鳥類研究所の人に、そう聞いた。
それら全てを聞き分けられるのは、よほどのベテランだとも。
でもやはり、幼い頃からなじんだスズメの鳴き方の多くは、
野鳥に特別関心がなかった頃でも、他の鳥とは違う、と聞き分けて
きたような気がする。















Posted by Ru Na - 2017.09.09,Sat
先日新聞に、スズメの写真集が売れているという記事が載っていた。
スズメ関連の本も人気らしい。スズメ人気は上昇中。
さる野鳥紙の「カワイイ鳥特集」でも、意外なこと(?)に
スズメが人気投票の上位に入っている、とある。

ヘビーなバードウォッチャーと、鳥には特別凝っていない、所謂普通人
(変な表現だが、バードウォッチャーはちょっと変人、と考えて。)
との間には、確かに乖離がある。

日本で見られるありとある種類の野鳥を見、海外の野鳥も相当見てきた
鳥見のベテラン中のベテランが、スズメやカラスに回帰して、
熱心に観察したり研究を始めたり、のケースが割と多いような気がするが、
一般的なバードウォッチャーは、珍しい鳥ばかり追いかけてる人が多く、
良いカメラさえ持っていれば、今は誰でもそれ相当の鳥写真が撮れ、
「こんな鳥を見た。」「こんな写真が撮れた。」と、
鳥写真コレクション自慢の人が増え続けている。
写真を撮るのに熱中してばかりでは、大切な一瞬を肉眼で見なかったり
見逃したり、失うものの方が多い気がする。

そして、自慢にならない身近な鳥に関心を持たず、サギの識別さえできない。
スズメの巣立ちビナが足元で可愛らしい様子を見せていても、
「なーんだスズメか。」と無視。
近年激減しているドバトの数をチェックしている人も、私の周囲にはいない。
バードウォッチャーに無視されているといえば、ムクドリもカラスも
(ヒナがいない時期の)カルガモも同様である。

で、世間のスズメ人気。
茶色の大きな頭、ほっぺと喉もとの黒い班がチャームポイント。
短くてしっかりした嘴で、ちゅんちゅんとかしましくおしゃべりし、
楽しげに群れる姿を間近で見られるのだから、その可愛らしさを
認識する人が大勢いても不思議ではない。

でも野の鳥なのだから、大人のスズメの目は野性味にあふれ、
ツバメの巣を乗っ取る事もあるらしく、したたかな逞しさを
持っている。
見慣れているはずの羽の色も模様も、しげしげ見つめれば、
なかなか綺麗な鳥だということも分かる。












Posted by Ru Na - 2017.09.03,Sun
最近ハシボソがラスが気になる。
元々私は、珍しい鳥の種類を沢山見るより、
身近な鳥の行動を観察しているのが好きである。

野鳥に関心を持ち始めた頃は(まだ10年足らず前のこと)、
普通にそこいらにいるカラスに二種類いるとは知らなかった。
わが町では一番多い、ガァーと濁った声で鳴くハシボソガラス、
おでこで優しい目をしていて、でもその実けっこう肉食度が強い、
カァーと澄んだ声で鳴くハシブトがラスである。
ハシブトがラスは都会派のカラスと謂われるが、
なぜかわが県では、人里はずれた野や海岸などにいたりする。

さてそのお馴染みのハシボソガラス。
いつも川原で出会うつがいには挨拶し、ヒナがいればそっと見守り、
何か面白いことをしていないかと、ついつい見てしまうので、
かれらも私を烏畜無害の存在にみなしているようで、警戒しない。

わが町は2本の川が流れていて、川に挟まれた大地の先端に
城と城の庭園がある。
この辺りが市内のカラスたちの一番大きいねぐらで、
夕方になると、二つの川の対岸から三々五々、
ここを目指してカラスたちが群で飛んで行く。

城の丘の下周辺は、市庁舎などがある街の中心であるが、
ねぐらに木に入る前、カラスたちはその辺りの高い建物の
屋上に集まってずらりと並んでみたり騒いでみたりしている。
黒くて大きくて群で騒ぐので、カラス嫌いの人間は気味悪がって
眉をひそめる。(本当はかわいい鳥なのだけれどね。)

最近気が付いた光景。
朝餌取りに出かけたサギたちが、まだそんなに戻っていない
夕方の早い時間、ねぐら近くの一時休憩所になっているビルの上に
パラパラとボソ数羽が飛来する。
それも風に乗った優雅な美しい飛び方で屋上に舞い降りようとしたり、
また上昇して数羽で円舞するようだったり、思わず見とれてしまう。

そして彼らは、屋上に立っている高い棒の細い先端に次々ととまりたがる。
この棒は避雷針である。
うまくとまれても先端が細いので、1分ととどまれないのだが、
避雷針の先端近くの宙に、まるでホバリングするみたいに
(カラスはホバリングしない。)集まった2~3羽が、
空中で順番待ちしていて、「次ボクの番。」「次はわたしよ。」と
いったふうに、飽きずに避雷針にとまる“遊び”をしているのである。

この子たちは遊びたい盛りの若鳥だろうか、あるいは兄弟だろうか。
ごきげんで楽しそうな様子。
この避雷針を目指して、いそいそと嬉しそうに飛んで来るボソたちの、
優雅な動作を見ていると、ハシボソガラスはこんなにも美しい飛び方を
する鳥だったのかと、改めて興味を引かれるのだった。

  ー 最近なぜか画像が入れづらくなりました。
    そのうちまとめて入れるかもしれません。-






Posted by Ru Na - 2017.07.11,Tue
つき、ひ、ほし、ホイホイホイ と鳴くのは、サンコウチョウ。
目の周りに水色のリングがあり、尾羽がとても長い黒っぽい小さな鳥。

サンコウチョウは、バードウォッチャーが会いたい人気の鳥である。
しかし、特に怖がりなのか、滅多に間近で会えないが、
ただ、その可愛らしい声で、近くにいると分かる。
近くにいると分かっても、決して探したり追いかけたりはしたくない。

オオルリなど人懐っこい鳥は、わざわざ近くの枝までやって来て、
こちらをしげしげと観察していたり、何故かこちらの気を惹く素振りをする
ことがあるが、(近くに人の注意をそらしたい巣があるとは思えない場所でも)
それでも近頃は、あえて写真を撮ろうという気は失せている。
ただ、互いに敵意がないよと合図しあって、しばしの時間を共有できる方が
よっぽど素晴らしい。

この春、怖がりのサンコウチョウが、ヒラヒラと天女の舞いのように飛ぶ姿を
遠くからだがゆっくり見ることができた。
そして最近、サンコウチョウの繁殖を注意深く見守ってきた友人が、
その抱卵する姿を、垣間見せてくれた。
あまりにも小さくて、この貴重なこわれもののような姿を遠くから見るだけで、
何だか申し訳ないことをしているように胸が苦しくなった。

どうかこの小さな鳥の巣に気付く人が、他にいませんように。
カメラを持って追いかける人が来ませんように。
ヒナが無事育って、月、日、星の歌が、多く森に響くことを願って。









Posted by Ru Na - 2017.06.11,Sun
少し前のことになるが、コウノトリが誤射されたニュースはショックだった。
誤射したハンターは、駆除中のサギと間違えたという。
多くの人がコウノトリが舞う空を再生しようと努力している中の事件。
撃たれたのがコウノトリの母鳥であるというのも、やりきれないが、
「サギを駆除中」ということが、ショッキングである。
ニュースでは、単に「サギ」と書いてあったが、アオサギのことだろう。

狩猟対象になっていないアオサギが、実は全国で駆除されていて、
その主な理由が、「田の稲を踏んだから」であることは、
知りたくない、考えたくない知識として知っていたが、
その現実を突きつけられたようなニュースだった。
春浅いこの時期にも、水田に入るというだけで、
ヒトの都合で、こうも簡単に殺生ができるものだろうか。
アオサギも丁度子育て真っ最中の時期。
これまでどれほどのヒナが、巣の中で親鳥の帰りを待ち侘びて、
待っても待っても帰らない親鳥を呼んで鳴き続けて、餓死していっただろう。

希少種もありふれた鳥も、命の重さは同じである。
(自然や野鳥保護団体でもそう考えない者もいるが。)
みなそれぞれの想いを持ってそれそれの生を生きている。

5月上旬、動物園で最近飼育の様子が公開されたトキ夫婦に会った。

 

左が♂で、1羽で巣をせっせと作っていた。

 

右の♀は、その様子を見ているだけ。

 

それでも巣作りの様子が、やはりサギと共通していて、
実際に会うのは初めてのトキだが、とても親近感を覚えていたら、
スペースの奥にいた♂のトキが、すぐ近くまで飛んで来てくれた。

説明員さんの話では、この時期に巣作りはもう遅いそうだ。
トキもアオサギのように、営巣は早目らしい。
その後、先に産んだ卵を人工孵化して生まれたヒナを、
このペアは育てているらしい。

それにしても、棚田や木立など、それなりの工夫がされていて、
飛び回るスペースもある施設だが、3方の壁は透明で、トキの方からも
人が見ているのが分かる造りになっている。
私がトキなら落ち着かないだろう。

同じ動物園で、話題になっていたコビトカバとその子供。

  

赤ちゃんは、怖そうに隅っこにうずくまったまま。
親が庇う様にその前に不動の姿勢で立っていた。

古い動物園がこの場所に移転してからかなりになる。
当初、動物たちが広々とした所に移れて良かった、と思ったが、
日本では動物園という施設は、動物たちの幸せより、やはり人に観せるのが
優先されているように感じられる。
それでも傷病の野鳥が保護されて、ここで安全に暮らしているのを見ると、
この動物園があって良かった、とも思うのである。

屋外で飼育されているコウノトリ。

 

飛び去らないように羽を切ってあるのかもしれないが、
コウノトリにも親近感を抱く私に、美しいポーズで羽を広げてくれた。

トキもコウノトリも、サギも、ムクドリも、スズメも、
みんなみんな大切な愛おしい存在である。















Posted by Ru Na - 2017.05.31,Wed
桜が咲いて散っても、連休の時期になっても、まだのんびり川に残っている
冬の水鳥がいる。

  
   「キンクロハジロですが、なにか?」

  
   「天気が良いので、羽づくろいに熱が入ります。」

  

     
      「ホシハジロです。ワタシも羽づくろいします。」

      

      



 「カワアイサですが、春の陽気はいいものですね。」



  
     
      「オオバンもお忘れなきよう。」

水田のアオサギカップル。美しい光景である。
古来から田園に彩りを添え、彩りだけではなく、土壌を豊かにするのに
貢献してきたサギたち。
稲を踏むからと、他の方法も試みず簡単に駆除してしまおうというのは、
何と身勝手で貧しい心なのだろう。

  

一時的な滞在のシマアジ。小さいけれど、遠くからでもとても目立つ。

  

  

  

2年前にこのシマアジがやって来た時は、たった2日間の滞在で、
会えたのはどうも私だけだったみたいだが、
今回はわりと長くいて、多くの人の目を楽しませてくれた。

     





Posted by Ru Na - 2017.05.21,Sun
記憶にとどめたい「鳥のいる風景」が溜まっている。
ソメイヨシノが散りかけた頃、農作業が始まって土起こししている水田に、
ケリがやって来た。

  

  
無事に安全な場所に営巣できるだろうか?
田植え前の水が張られた田んぼで、何か小さい鳥が小刻みに動いていた。
コチドリかと思ったが、イソシギだった。

  

  

イソシギもコチドリと同じように足を泥の中で震わせて、
餌になる虫などを追い出すと知った。
イソシギやムクドリ。ツグミにケリ、セグロセキレイ、カルガモ・・と
田植え前後の田んぼは色んな鳥の餌場になる。
期間限定なので、皆忙しそうである。
ふと見ると、遠くの方に見覚えのある足の長い白い鳥。

  

セイタカシギである!!

  

まさかこんな所で会えるとは! 一瞬目を疑った。
息をつめて、そっと遠くからズームで撮影していたが、
ちらりとこちらを見たセイタカシギ。飛んで行ってしまうのかと
思ったが、「あたしをもっとよく見てね」と言わんばかりに
かえって近くまで来てくれた。

  

  

セイタカシギには何か格別な気品と可愛らしさがある、と、
撮影するよりも見とれていたら、遠くでそれを見ていたケリの
癪に障ったらしく、ケリがセイタカシギに「あっち行け!」といった
ふうに、飛んで来てキックの攻撃。
セイタカシギは驚いて、また遠くの田んぼへ退散してしまった。
その間イソシギは、我関せずとばかり、尾を上下させながらひたすら採餌。

セイタカシギはまた優雅にのんびり、水田の中を歩き始めた。
それを遠くから見て、そっとその場を離れた。
セイタカシギが来たのは、この一日だけだった。

別の日、今度はコチドリがこの田の畦を歩いていた。

  

  


  



  





Posted by Ru Na - 2017.01.29,Sun
雪が積もると、庭の小鳥のレストランは大盛況。
メジロのつがいとウグイスのつがい4羽で、一日1個のみかんを
完食しているし、ヒヨドリはバナナとみかんを何度もおねだりする。

 

庭の保育園で育ったスズメに仲間が加わって、穀物皿はすぐに空になる。
雪の上のスズメ。あんよ冷たくないの?

 

シジュウカラのツピ子たちもひっきりなしにヒマワリやクルミを食べる。

 

 

小鳥たちの給仕で忙しい私である。

 

庭のメンバーではないが、ご近所さんのカワセミ君。

 





 




Posted by Ru Na - 2017.01.19,Thu
しばらく留守にしていて、戻ったら早速、川の仲間に会いに行った。
この冬、雪の日はまだ少ない。ようやくの白い景色。
雪で道が埋もれていて歩きづらいが、ひと気も少なく清浄な静けさがある。

 

             

路地から川原に出る前、ぽんぽこに丸くなった鳥が飛んで来たので、
一体誰? と、民家の壁に止まったのを見ると、イソヒヨ子さんだった。

 

赤い南天の実をくわえたまま、まるで置物のようにじっとしている。
あまりの寒さに身体が動かないといった態。
しばらく後、おもむろに実を呑み込んだ彼女は、再び不動の姿勢を続けていた。

5羽がいつの間にか8羽に増えていたホオジロガモ。

  

  

キンクロハジロやホシハジロ。皆元気そう。
首に漁網が引っ掛かったホシハジロも、網を引掛けたまま健在。

  

アイサたちにも御挨拶。雪がちらついて寒いのでじっとしていた。

  

おめかしに余念がないカワアイサ嬢。

  

河岸に人があまりいないと、カワセミも安心して出てきて餌取り。

  

珍しくカワウの子供が1羽だけ。今夜はこの小島で眠るつもりらしい。

  

川の仲間で何といっても、久しぶりに会えて嬉しいサギたち。
コサギ、アオサギ、そして戻って3日目にようやく会えたダイサギ。
話しかけながら写真を撮っていると、すぐ近くまで飛んで来て
ポーズを取ってくれたり、ダイも何だか嬉しそう。
ダイサギはよく連いて来たり、先導(私の進行方向に先に少し飛んで
私が追いつくのをそこで待つ、を繰り返す。)してくれたりするが、
この時も、私と一緒に移動しながらずっと側に居てくれた。

  

暗くなり身体も冷え切って、もう帰宅しなければならない時刻。
ダイサギと離れ難くて、このまま一緒に連れ立って家に帰りたいくらいだったが、
ダイサギは川辺の子、私は川辺では眠れない。
また明日、と約束して別れた。








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