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見たこと、聞いたこと、感じたこと、考えたこと。
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Posted by Ru Na - 2017.10.20,Fri
我が家の庭の金木犀は、毎年律儀に10月1日にいきなり香るが、
今年は咲き始めが大幅に遅れ、ほとんど香らず散ってしまった。
近所の金木犀も、同じような状況。
家からさほど離れていない高台の地区では、日当たりのせいか
毎年秋分の頃に金木犀が咲くという。
今年こちらの方は二度咲きをし、数日間とても良い香りを放っていた。

金木犀が咲く日がずれるのは、異常気象が取り沙汰される猛暑の夏の
年に時々起こるが、今年は特に変だった。
8月前半までの猛暑、後半の天候不順。8月後半から9月の台風は
例年より少なく、9月後半から10月初めの高温。
1日で10℃ほど気温が上下するのである。
こちら28℃あった日は、リスボンで33℃まで気温が上昇したというから、
この極端な天候は世界規模らしい。

小さなオレンジ色の花邑が、地球温暖化など環境の色んな変化を
考えさせてくれる。
その花をゴキゲンにつつくのはスズメ。
花に寄って来る虫がお目当てのシジュウカラやエナガの群。
鳥たちには、このくらいの日にちのずれは、
かれらの秋の食生活にあまり影響していないようだ。



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Posted by Ru Na - 2017.09.30,Sat
その小さな男の子は、にこにこ笑いでうるんだ目を天井に向けたまま、
8畳間の真ん中で、嬉しくってし様がないといった様子で、
小走りのぐるぐる回りをずっと続けていた。
回りすぎて目が回ったのか、最後はぱたっと畳の上に倒れこんで、
それからやっと少し落ち着いた。
幼稚園で仲良しだった男の子が、初めて家に遊びに来た時のこと。
今は亡き幼なじみの彼を思い出す度、何故かこの光景が浮かぶ。

S君は家も近所だったし、共に通っていた幼稚園も近所だったし、
高校を除いて大学までずっと同じ学校だった。
同年代の子供の中でも小柄で幼く見えたが、実は頭がとても良くて
成績が優秀なだけでなく手先がとても器用で、小さい頃から
なんだか色んなものを作っていて、それがあまりに創意工夫に富んで
上手に出来ていたので、よく大人を驚かせていた。

中学生の頃は理科人間になっていて、何でもカエルの心臓移植を
試みたとか、色んな実験に夢中になっているという噂になっていた。
高校は当然県で一番の進学校に行くかと周囲は思っていたが、
ほどほどの進学校へ。それから美大へ。
(まあ私も高校は楽に入れるところを選んだので、当時の美大志願者は
いかに学科の勉強をしたがらなかったかの傾向が、これでちょっと
見えてくるかもしれない。)
この頃、美大入試のための予備校ー美術研究所では、学校の試験で
0点を何枚取ったかが手柄話だった。

高校生のS君はすっかりニヒルになって、ショーペンハウエルなど
読みふけり、社会を斜から鋭い目で見ているようだった。
美術研究所には浪人生が多かった。(当時、美大の油・彫刻に
現役で入るのは至難だった。)
この時分のS君は、実社会を見てきた浪人生たちと一緒になって、
ずい分鋭い社会批判や皮肉っぽい人生論を展開させていて、
ちょっと近寄りがたい雰囲気になっていた。

科は違うが同じ美大に同時期に入った訳だが、いつの間にか疎遠に
なって、気がついたらS君は日展に出品するようになっていた。
何でまた日展!!??
今はどうか知らないが、当時の純美の美大生の大半が、
(というより、私の周囲にいた人たちが)、既成の権威やアカデミズム
(後で考えれば、本当の意味のアカデミズムでは無かったのだが。)に
批判的で、公募展美術団体や元官製の展覧会である日展、
特に「日展なんか・・」と、その権威を頭から否定していたものだ。
だから教授に言われるままに日展に出品している学生との間に、
何か見えない線が引かれているように感じることすらあった。

S君は、本質的に非常に真面目だった。生真面目すぎるくらいだった
かもしれない。

そのS君がまだ園児だった頃に私にくれたのが、
お手本なしで自分で工夫して作ったスズメの折り紙だった。




 ー 続く -









Posted by Ru Na - 2017.09.17,Sun
実は私、学生時代に、“すずめ”とあだ名が付いていた頃がある。
小柄で丸顔で、ぴーちくぱーちくと、ひとりでしょっちゅう囀っていたので、
スズメに似ている、いやスズメそのもの、と周りから見られていたらしい。

私は美大の油絵科だったが、同期の彫刻科の連中とよく集まって、
喧々囂々と青臭い芸術談議をしたものだった。
家のごく近所の傾いた古い長屋に、彫刻科が二人下宿していて、
路地に面した2階の部屋が主なたまり場になっていた。
(1階は、彼らは勝手に床をコンクリートで固めて、制作場にしていた。)
皆夢中で夜通し、芸術論、人生論をまくしたてていたものだ。
それがその頃一番楽しかった。
だから、普通大学の学生が集まって、恋愛やファッションの話をするのを
聞くと、まるで別世界のように感じたものだった。

近所とはいえ、自宅生の私はいい加減に帰らなければならない。
「わたしもう帰るね。」と一人引き上げる時、
「すずめ帰るってよ。・・・さあここから飛んで行きなよ。」と
誰かが必ず窓を開けた。
「すずめは鳥目なので、地上を歩いて帰ります。」
(さすがに2階の窓から出入りしたことはなかった。)

当時(高校時代から)私は漫画家のY.S.さんの同人会に所属し、
同人誌に漫画も載せていたが、その頃の作品に、
自分と自分の周りの美大生の何気ない日常を描いた「わたしはスズメ」
なんてタイトルを付けたものまである。

高校時代、美術部の部室があった古い記念館横は、
どういう地形的条件なのか、鳥の声がよく反響した。
四方全てではなく、南側の木造の外壁近くに立つと、小鳥の声が
天から星が降るように、それでいて空気に白く溶けていくように
不思議な色彩と響きを帯びて聞こえた。(今でもそうだろうか?)

立地条件がいい場所にある高校なので、今思えばかなり多くの種類の
野鳥が行き来していたはずだが、
その頃は鳥の種類に興味はなく、ただスズメの声だけは聞き分けられた。
記念館横の、天から降ってくる銀の響きのようなスズメの声が、
今でも耳の底に残っている。
建物に激突して脳震盪を起こし、私の手の中で亡くなったスズメを
埋葬したのも、この場所。
多感な時代、スズメと共に確かに私の心の何かを埋葬した。
あれは何だったのだろう。

スズメは四十数種類の声音で鳴くという。
とある公園で野鳥調査をしていた山階鳥類研究所の人に、そう聞いた。
それら全てを聞き分けられるのは、よほどのベテランだとも。
でもやはり、幼い頃からなじんだスズメの鳴き方の多くは、
野鳥に特別関心がなかった頃でも、他の鳥とは違う、と聞き分けて
きたような気がする。















Posted by Ru Na - 2017.09.09,Sat
先日新聞に、スズメの写真集が売れているという記事が載っていた。
スズメ関連の本も人気らしい。スズメ人気は上昇中。
さる野鳥紙の「カワイイ鳥特集」でも、意外なこと(?)に
スズメが人気投票の上位に入っている、とある。

ヘビーなバードウォッチャーと、鳥には特別凝っていない、所謂普通人
(変な表現だが、バードウォッチャーはちょっと変人、と考えて。)
との間には、確かに乖離がある。

日本で見られるありとある種類の野鳥を見、海外の野鳥も相当見てきた
鳥見のベテラン中のベテランが、スズメやカラスに回帰して、
熱心に観察したり研究を始めたり、のケースが割と多いような気がするが、
一般的なバードウォッチャーは、珍しい鳥ばかり追いかけてる人が多く、
良いカメラさえ持っていれば、今は誰でもそれ相当の鳥写真が撮れ、
「こんな鳥を見た。」「こんな写真が撮れた。」と、
鳥写真コレクション自慢の人が増え続けている。
写真を撮るのに熱中してばかりでは、大切な一瞬を肉眼で見なかったり
見逃したり、失うものの方が多い気がする。

そして、自慢にならない身近な鳥に関心を持たず、サギの識別さえできない。
スズメの巣立ちビナが足元で可愛らしい様子を見せていても、
「なーんだスズメか。」と無視。
近年激減しているドバトの数をチェックしている人も、私の周囲にはいない。
バードウォッチャーに無視されているといえば、ムクドリもカラスも
(ヒナがいない時期の)カルガモも同様である。

で、世間のスズメ人気。
茶色の大きな頭、ほっぺと喉もとの黒い班がチャームポイント。
短くてしっかりした嘴で、ちゅんちゅんとかしましくおしゃべりし、
楽しげに群れる姿を間近で見られるのだから、その可愛らしさを
認識する人が大勢いても不思議ではない。

でも野の鳥なのだから、大人のスズメの目は野性味にあふれ、
ツバメの巣を乗っ取る事もあるらしく、したたかな逞しさを
持っている。
見慣れているはずの羽の色も模様も、しげしげ見つめれば、
なかなか綺麗な鳥だということも分かる。












Posted by Ru Na - 2017.09.03,Sun
最近ハシボソがラスが気になる。
元々私は、珍しい鳥の種類を沢山見るより、
身近な鳥の行動を観察しているのが好きである。

野鳥に関心を持ち始めた頃は(まだ10年足らず前のこと)、
普通にそこいらにいるカラスに二種類いるとは知らなかった。
わが町では一番多い、ガァーと濁った声で鳴くハシボソガラス、
おでこで優しい目をしていて、でもその実けっこう肉食度が強い、
カァーと澄んだ声で鳴くハシブトがラスである。
ハシブトがラスは都会派のカラスと謂われるが、
なぜかわが県では、人里はずれた野や海岸などにいたりする。

さてそのお馴染みのハシボソガラス。
いつも川原で出会うつがいには挨拶し、ヒナがいればそっと見守り、
何か面白いことをしていないかと、ついつい見てしまうので、
かれらも私を烏畜無害の存在にみなしているようで、警戒しない。

わが町は2本の川が流れていて、川に挟まれた大地の先端に
城と城の庭園がある。
この辺りが市内のカラスたちの一番大きいねぐらで、
夕方になると、二つの川の対岸から三々五々、
ここを目指してカラスたちが群で飛んで行く。

城の丘の下周辺は、市庁舎などがある街の中心であるが、
ねぐらに木に入る前、カラスたちはその辺りの高い建物の
屋上に集まってずらりと並んでみたり騒いでみたりしている。
黒くて大きくて群で騒ぐので、カラス嫌いの人間は気味悪がって
眉をひそめる。(本当はかわいい鳥なのだけれどね。)

最近気が付いた光景。
朝餌取りに出かけたサギたちが、まだそんなに戻っていない
夕方の早い時間、ねぐら近くの一時休憩所になっているビルの上に
パラパラとボソ数羽が飛来する。
それも風に乗った優雅な美しい飛び方で屋上に舞い降りようとしたり、
また上昇して数羽で円舞するようだったり、思わず見とれてしまう。

そして彼らは、屋上に立っている高い棒の細い先端に次々ととまりたがる。
この棒は避雷針である。
うまくとまれても先端が細いので、1分ととどまれないのだが、
避雷針の先端近くの宙に、まるでホバリングするみたいに
(カラスはホバリングしない。)集まった2~3羽が、
空中で順番待ちしていて、「次ボクの番。」「次はわたしよ。」と
いったふうに、飽きずに避雷針にとまる“遊び”をしているのである。

この子たちは遊びたい盛りの若鳥だろうか、あるいは兄弟だろうか。
ごきげんで楽しそうな様子。
この避雷針を目指して、いそいそと嬉しそうに飛んで来るボソたちの、
優雅な動作を見ていると、ハシボソガラスはこんなにも美しい飛び方を
する鳥だったのかと、改めて興味を引かれるのだった。

  ー 最近なぜか画像が入れづらくなりました。
    そのうちまとめて入れるかもしれません。-






Posted by Ru Na - 2017.08.21,Mon
最近よくヨーロッパの街のことを思い出していた。
そこかしこに思い出深い場所があり、ずい分昔のこととはいえ
ここのざわめき、そこで出会った人との会話内容、
かしこの風の匂い、光の色・・脳裏に刻まれた風景は
時と共に変容はしているだろうが、
今でも鮮やかに蘇らせるシーンを無数に抱えている。

その懐かしい場所のひとつで、ショッキングなテロ事件が起きた!
スペインはバルセロナ、ランブラス通りである。

バルセロナはカタルーニャの古都。
まさしく古都の名にふさわしい、古びて黒っぽく厳めしい石の街で、
街のそこかしこに散りばめられた史跡に加え、現代の文化も
風景にうまく溶け込んでいて、ピカソやミロ、タピエスなどの作品にも
その時々の最先端のアーチスト作品にも簡単に出会える。
私のお気に入りは、ピレネー山中のロマネスク寺院から来た宗教美術の宝庫、
あの魅力的なカタルーニャ美術館。そして青年時代の作品を多く収蔵している
ピカソ美術館。(美術館の古いゴシック建築を見るだけでも価値がある。)
少年たちがサッカーに興じていた小さな広場は、実は昔王宮の一部で、
コロンブスがフェルナンド王・イザベル女王に謁見した広間だった!

バルセロナは丘も多いが、海岸線に沿って長い平らな土地も続く。
ひときわ高い記念柱が目を惹く。
柱の上には、海を指差すコロンブスの像。
港には、コロンブスが乗ったサンタマリア号を復元した船が泊まっていて、
ここに来て初めて、コロンブスという人が実際にいたのだなあと実感した
のだった。(彼の為した事みな肯定するつもりはないけれど。)

ランブラス通り。白いピエトン(遊歩道)。
バルセロナでどこに行くにも、ついここを通ってしまう中心通りである。
初めてスペインに来た時、それはマルセイユの留学生仲間と車にテントを
積んで、プロヴァンスからラングドック・・キャンプをしながら
南仏の主要な美術館、寺院を巡る旅の終点がバルセロナだった。
当時スペインは、スリかっぱらいなど泥棒が横行する国(今もそうかしら?)。
バルセロナに着いたその日、ランブラス通り脇の路地に車を停めて、
ミロ美術館に行っている間に、車上荒しに遭って、
一人が車中にうっかりおいて置いたパスポートを盗られてしまった。
当時はEU統合前、国境を越えるのにパスポートが必要だった。
フランスの身分証で、何とかフランスに戻ることはできたが、
警察に行ったり、土日で領事館が休みだったり、
がっかりして泊まった町中の安ホテルは、どうも泥棒グループの
溜り場だったらしく、夜中に盗品を山分けしているらしい声が聞こえたり、
等々、何とも苦労が多い印象的な第1回バルセロナ行きだった。

その後も何度もこの町を訪れ、その都度ランブラス通りを通って、
大道のアクセサリー売りから、貧乏学生でも手が出るちょっとした
きれいなもの、七宝のブローチや陶器の小マスクなど買ったりしていた。
(それらは今でも大切に私の宝箱に納まっている。)

テロリストたちは、サグラダファミリアの爆破も計画していたという。
宗教や思想に関わらず、人が作り上げてきた美しい労作を
一瞬で無にしようという感覚は、私にはどうしても理解できない。










Posted by Ru Na - 2017.08.17,Thu
TV番組、イギリス鉄道の旅は、エジンバラの後インバネスへ。
私はスコットランドはエジンバラまでで、その北には行ったことがない。
しかしTV画面で、途中のハイランドの野の風景を見た時、
胸がざわついた。
ヨークシャー・ムーア(荒野)より、更に繊細で淡い色彩ながら、
強い風で焼けた草地の野性。
行ったことがないのに、懐かしい想いがする。

昔、ヨークシャーの叔母の家に遊びに行くと、
北イングランドを中心とした観光パンフレットを、叔母はよく私のために、
集めて取っておいてくれていた。
イギリスのいろんなパンフレット(雑誌も)の紙質は独特で、
その手触りや匂いや印刷の発色に、子供の頃から馴染んできた。
観光パンフレットは主に、田園風景の中の城など歴史遺産や、
トレッキングコースを紹介する写真が沢山載っていて、
それを眺めているだけで、英国の田舎を満喫できるような気さえして
きたのである。

私がこの世で最も好きな場所のひとつであるヨークシャー・ムーアの
(再び訪れることができるかどうか分からないが。)ハワース郊外、
あの小説の舞台になった“嵐が丘”の、湿気を含んだ寒風にさらされ、
羊のシルエットが、ヘンリ・ムーアの彫刻のように灰色の空を背景に
そびえるような丘の草のにおいと、パンフレットの中の北イングランドや
スコットランドの草地の写真から想起された広がりが、そのまま
イメージの中のハイランドに繋がっているのかもしれない。






Posted by Ru Na - 2017.08.15,Tue
暑さは一応ピークを超えたのだろうか?まだ油断はできないけれど。

何かと気ぜわしく、予定がびしっり詰まった毎日。
そんな中で、何気なく鉄道の再放送番組をTVで観た。
NHK-BSのイギリス鉄道の旅である。

ふっと見ると、なつかしいマンチェスター、リバプール。
に続いて、ウィンダミア。北イングランドの湖沼地帯である。
ここには、リーズから地元の観光バスに乗って日帰りした。
バスに乗っていたのは、地元の年配の方がほとんどで、
外国人は私と、オーストラリアから来た女の子二人組のみだった。

道中の野や小川や滝などの自然風景、耕作地の緑も美しかったが、
湖に着いて、私は皆が行くのとは逆方向に行きたくなったので、
湖畔の森の散策時間が無くなってしまった。
で、いつまでもウィンダミアの一番美しい風景を見逃した、と
心残りを引きずっている。
番組のの中で旅をしている関口知宏さんは、車まで借りて
この湖沼地帯の美しい森の中へ。
本当は私もこんな場所に行きたかったのである。

番組はウィンダミアからスコットランドのエジンバラへ。
エジンバラを訪ねたのは、仏留学時代のごく早い時期で、
一度きりなのだが、特に印象深く、また思い入れもある
町のひとつである。
TV の映像を見ても、この町の空気や街角のにおいを思い出す。

だいたいイギリスは独特のにおいがある。
無論それぞれの国、それぞれの町には独自のにおいがあって、
風景を思い出す時、一緒に想起されることが多い。
においが時の中の風景を呼び起こすのか、
風景が香りを呼び込むのか、そのどちらもありうるだろう。

私が特にイギリスの風景をにおいと共に思い出すのは何故だろう。
ロンドンのヴィクトリア駅にしても、その名を聞いただけで
駅周辺の雰囲気、構内の様子をにおいと共に思い出し、
決して平面的なイメージで終わるということがないのである。








Posted by Ru Na - 2017.08.10,Thu
台風5号は、さほどの強風にならなかったがかなりの雨。
川は増水し、濁流が渦巻いている。
中州、寄り州はことごとく水没。

サギコロニーでは、7月初めの増水時でも、水位2m超えは
ほんの一瞬だったのに、今回は数時間に渡って2m以上になっていた。

9日も1.5m。サギたちが集う浅瀬は完全に水没。
遅く営巣したチュウサギの巣を探す。
周囲の草木は水でなぎ倒されている・・・。駄目だったか・・・?
かろうじて残っている木の塊の中に、抱卵中の姿を見つけ、ホッ。

小さなヒナが3羽いた別のチュウサギの巣。
ここも水を被ったかもしれない。ヒナが2羽になっていた。





Posted by Ru Na - 2017.07.29,Sat
ようやく大雨洪水土砂災害の、警報やニュースが一区切り。
それにしても毎年この時期、日本列島は水浸しで泥だらけになっている
ような観がある。
私の住む地域では、幸い水害らしい水害はなかったが、
同じ市内では土砂崩れによる避難勧告、浸水や道路の冠水等もあった。

九州北部や秋田を考えるとかわいらしいものかもしれないが、
7月初めには1時間に61.5mmという、観測史上最高の降雨があった。
その時のサギコロニー近くの川の水位は、一時日頃の倍になっていた。
しかし数日後の豪雨による増水の方がより深刻で、
後で水位グラフを見ると、一瞬だが日頃の3倍の水位に増水していた!

今年は、例年に比べ、木立の比較的高い位置に営巣していたコサギだが、
一番低い位置にあり、ヒナがまだ小さい巣が、完全に水没したらしい。
親鳥がヒナを連れてどこかに避難してはいないかと、その後いくら探しても
小さなヒナ3羽が見つからない。

渇水の夏も困る。雨が降らなくても高温多湿。
ハダニなどが発生してヤナギがボロボロになる。
雨は降ったら降ったで、その辺りを泥水の海にする。土が崩れる。
カビや害虫が大量発生。
近年、温暖化による異常気象が拍車をかけているとはいえ、
元々自然災害が多い脆い列島。
暑くて水っぽいこの季節、ことさらプロヴァンスのカラッとした気候が
懐かしくなって、還りたくなるのである。










Posted by Ru Na - 2017.07.11,Tue
つき、ひ、ほし、ホイホイホイ と鳴くのは、サンコウチョウ。
目の周りに水色のリングがあり、尾羽がとても長い黒っぽい小さな鳥。

サンコウチョウは、バードウォッチャーが会いたい人気の鳥である。
しかし、特に怖がりなのか、滅多に間近で会えないが、
ただ、その可愛らしい声で、近くにいると分かる。
近くにいると分かっても、決して探したり追いかけたりはしたくない。

オオルリなど人懐っこい鳥は、わざわざ近くの枝までやって来て、
こちらをしげしげと観察していたり、何故かこちらの気を惹く素振りをする
ことがあるが、(近くに人の注意をそらしたい巣があるとは思えない場所でも)
それでも近頃は、あえて写真を撮ろうという気は失せている。
ただ、互いに敵意がないよと合図しあって、しばしの時間を共有できる方が
よっぽど素晴らしい。

この春、怖がりのサンコウチョウが、ヒラヒラと天女の舞いのように飛ぶ姿を
遠くからだがゆっくり見ることができた。
そして最近、サンコウチョウの繁殖を注意深く見守ってきた友人が、
その抱卵する姿を、垣間見せてくれた。
あまりにも小さくて、この貴重なこわれもののような姿を遠くから見るだけで、
何だか申し訳ないことをしているように胸が苦しくなった。

どうかこの小さな鳥の巣に気付く人が、他にいませんように。
カメラを持って追いかける人が来ませんように。
ヒナが無事育って、月、日、星の歌が、多く森に響くことを願って。









Posted by Ru Na - 2017.06.30,Fri
6月は水の無い月。
長く雨らしい雨は降らなかった。ここに来て梅雨らしくなった。
何かと気ぜわしく、ずい分いろんな事があったように思えるのに、
やはりサギコロニー観察が生活のかなりの時間を占めて、この月も過ぎる。

メモ―
    そこに所属しているという意識から、
    そこを自分が所有しているという意識に変わったとき、
    共同性は排他性に変質する。

部屋の整理をしていて、小さな新聞の切抜きが出てきた。
朝日新聞の、「折々のことば」である。

共謀罪が強行採決された。暗雲を感じてしまう。

こんな言い訳、通用するはずもないのに、説明にならない説明で、
本来もっと追求されるべき事がごまかされ、世間は“忖度”が蔓延し、
なるべく当たり障りのないことを話し、当たり障りのないように
生活していく。

自分達がある社会なり組織なりを所有しているかの如き幻想を抱けば、
(たいていの場合、幻想にすぎないのだが)
傲慢で目が曇っていることにも気付かなくなり、
違う意見を受け入れる心の余裕も無くなり、
“仲間”ではないものへの排除にひた走るようになる。
国家のレベルから、市井の小さなサークルに至るまで、
何かそんな空気がこの世界を覆っているような気がする。

ものごとを違う角度から見て、批判したりパロディー化したりする事が
そんなに“窮屈な考え”のように見えますか?
いろんな社会問題を、自分の問題として考え、真面目に語る事が、
そんなに“今ここで話してもしようがない事”ですか?

もう何年も前から、留学生が日本人学生と色々真剣に討論しようとしても、
すぐはぐらかされてしまう、と嘆いていると聞かされてきた。
一体何時からこのような雰囲気になったのか。
梅雨時のうっとおしさより、世間を覆う不快指数が気になる。





Posted by Ru Na - 2017.06.26,Mon
6月に入っても雨は少なく、一日中降り続いたのは1日だけ。
暑い日があっても最低気温が低く、朝方は涼しいので過ごし易かった。
遅い梅雨入りだが、川は例年のこの時期ほどの渇水状態でもない。

ずっと毎日サギコロニー通いをして、日々が飛ぶように過ぎていき
コロニーのサギの数を数えるカウント調査日がやって来た。
少雨なのによりによって雨の予報、それも、朝だけ雨、午後一時雨、など
刻々変わるので、また、荒天の場合の代替日も雨の予報。
日中巣に残っている親鳥やヒナの数、種類は、毎日見ている私が
大体把握しているし、夕方餌取りから戻って来るサギの数と種類とを
しっかり数えられればいい、ひどい降りなら近くの橋の下に入って数えようと、
チーフと話し合って決行を決定。

 

しかしここまで降り続くとは思わなかった。
用意した調査記入用紙が濡れてしまうし、視界もあまり良くない。

  

天気が悪いので、まさか今日調査を行っているとは思わなかったのか、
参加者も少なかった。が、しっかり数えられる人、きちんと記録できる人
さえ数人揃っていれば、こういう悪天候の時はかえって
少人数がやり易いのである。

後半、雨がかからない橋の下から、戻って来るサギを皆で数える合間に、
コアジサシやヒナ連れのコチドリなど、いろんな鳥が現れ、盛り上った。

雨の合間にヒナに給餌するチュウサギ。

  

どうも冬の大ダイサギに見えるダイサギ。

  

さて、これから集計と、カウントの重複部分を割り出して引いていく
という、気の遠くなるような作業が待っている。







Posted by Ru Na - 2017.06.11,Sun
少し前のことになるが、コウノトリが誤射されたニュースはショックだった。
誤射したハンターは、駆除中のサギと間違えたという。
多くの人がコウノトリが舞う空を再生しようと努力している中の事件。
撃たれたのがコウノトリの母鳥であるというのも、やりきれないが、
「サギを駆除中」ということが、ショッキングである。
ニュースでは、単に「サギ」と書いてあったが、アオサギのことだろう。

狩猟対象になっていないアオサギが、実は全国で駆除されていて、
その主な理由が、「田の稲を踏んだから」であることは、
知りたくない、考えたくない知識として知っていたが、
その現実を突きつけられたようなニュースだった。
春浅いこの時期にも、水田に入るというだけで、
ヒトの都合で、こうも簡単に殺生ができるものだろうか。
アオサギも丁度子育て真っ最中の時期。
これまでどれほどのヒナが、巣の中で親鳥の帰りを待ち侘びて、
待っても待っても帰らない親鳥を呼んで鳴き続けて、餓死していっただろう。

希少種もありふれた鳥も、命の重さは同じである。
(自然や野鳥保護団体でもそう考えない者もいるが。)
みなそれぞれの想いを持ってそれそれの生を生きている。

5月上旬、動物園で最近飼育の様子が公開されたトキ夫婦に会った。

 

左が♂で、1羽で巣をせっせと作っていた。

 

右の♀は、その様子を見ているだけ。

 

それでも巣作りの様子が、やはりサギと共通していて、
実際に会うのは初めてのトキだが、とても親近感を覚えていたら、
スペースの奥にいた♂のトキが、すぐ近くまで飛んで来てくれた。

説明員さんの話では、この時期に巣作りはもう遅いそうだ。
トキもアオサギのように、営巣は早目らしい。
その後、先に産んだ卵を人工孵化して生まれたヒナを、
このペアは育てているらしい。

それにしても、棚田や木立など、それなりの工夫がされていて、
飛び回るスペースもある施設だが、3方の壁は透明で、トキの方からも
人が見ているのが分かる造りになっている。
私がトキなら落ち着かないだろう。

同じ動物園で、話題になっていたコビトカバとその子供。

  

赤ちゃんは、怖そうに隅っこにうずくまったまま。
親が庇う様にその前に不動の姿勢で立っていた。

古い動物園がこの場所に移転してからかなりになる。
当初、動物たちが広々とした所に移れて良かった、と思ったが、
日本では動物園という施設は、動物たちの幸せより、やはり人に観せるのが
優先されているように感じられる。
それでも傷病の野鳥が保護されて、ここで安全に暮らしているのを見ると、
この動物園があって良かった、とも思うのである。

屋外で飼育されているコウノトリ。

 

飛び去らないように羽を切ってあるのかもしれないが、
コウノトリにも親近感を抱く私に、美しいポーズで羽を広げてくれた。

トキもコウノトリも、サギも、ムクドリも、スズメも、
みんなみんな大切な愛おしい存在である。















Posted by Ru Na - 2017.05.31,Wed
桜が咲いて散っても、連休の時期になっても、まだのんびり川に残っている
冬の水鳥がいる。

  
   「キンクロハジロですが、なにか?」

  
   「天気が良いので、羽づくろいに熱が入ります。」

  

     
      「ホシハジロです。ワタシも羽づくろいします。」

      

      



 「カワアイサですが、春の陽気はいいものですね。」



  
     
      「オオバンもお忘れなきよう。」

水田のアオサギカップル。美しい光景である。
古来から田園に彩りを添え、彩りだけではなく、土壌を豊かにするのに
貢献してきたサギたち。
稲を踏むからと、他の方法も試みず簡単に駆除してしまおうというのは、
何と身勝手で貧しい心なのだろう。

  

一時的な滞在のシマアジ。小さいけれど、遠くからでもとても目立つ。

  

  

  

2年前にこのシマアジがやって来た時は、たった2日間の滞在で、
会えたのはどうも私だけだったみたいだが、
今回はわりと長くいて、多くの人の目を楽しませてくれた。

     





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金沢市在住の美術家
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