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Posted by - 2024.05.04,Sat
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Posted by Ru Na - 2012.06.06,Wed
吉田秀和氏の最後の著作となった四部作、「永遠の故郷」は、それぞれの巻に
夜、薄明、真昼、夕映というタイトルが付いていて、
それまで氏があまり書いてこなかった歌曲について、氏の若い頃の思い出と共に
語られる。

最後の巻「夕映」は、ベートーヴェンに始まり、シューマン、ラヴェルにとんで、
シューベルトで締めくくられる。
その最終章は、「冬の旅」の「菩提樹」。

resize5556.jpg



  表紙にはパウル・クレーの「忘れっぽい天使」の絵が
  使われている。
  
  吉田秀和著「ソロモンの歌 一本の木」の中には、
  この絵の筆順を考察した章がある。
  時間軸に沿って展開する音楽同様、
  絵画も、その生成の過程を追って分析される。








吉田秀和氏に4日先立つ5月18日、名バリトン歌手フィッシャー・ディースカウ氏が亡くなった。
ディースカウはオペラでも活躍したが、何といってもドイツ歌曲の歌い手として、
ヘルマン・プライ、ペーター・シュライヤーと並ぶ3大歌曲歌手。
20世紀最高のバリトン歌手と言われてきた。
ディースカウは早々にコンサートから引退したので、この3人の内で唯一、
私が生でその声を聴く機会がもてなかった歌手である。

ヘルマン・プライについては、私は早くから知っていて、その暖かな歌声に魅せられていた。
オーケストラ・アンサンブル金沢を立ち上げた芸術監督、岩城宏之氏の御友人という縁で、
プライ氏は金沢で2回コンサートを開いた。まだ県立音楽堂が出来ていない頃である。
それはもう、喜び勇んで聴きに行って、普段CDで聴くよりずっと微妙で陰影に富んだ歌声に
酔いしれた。
2度目のコンサートが、オーケストラをバックにした「冬の旅」だった。
終曲、「辻音楽師」は、空気に溶けていくように静かに終わり、
ほどなくしてプライ氏は亡くなった。

ペーター・シュライヤーの歌い振りという、何とも贅沢なJ.S.バッハの「マタイ受難曲」が
金沢で演奏されたのは、数年前。
同時に「冬の旅」のリサイタルも行われ、こちらも聴きに行った。
日本の端っこの小都市の、空席が目立つ音楽堂で、
こんな世界的な歌手が、果たしてどの位この演奏会に力を入れてくれるかしらと、
始まるまで何となくそわそわしていたが、何という入魂の歌唱だったのだろう。
独語は僅かな単語しか分からない私でも、この暗く絶望的な「冬の旅」の詩句
ひとつひとつが、心を抉ってくるようだった。
魂をわし掴みにされ、揺さぶられるとは、こういうこと。
どうやって家に帰り着いたか覚えていないくらい、圧倒的な強烈な体験だった。

翌年、歌手を引退したシュライヤー氏は、また金沢で「ヨハネ受難曲」を指揮した。


それを読まないで人生を過ごしてしまうには、あまりにも惜しい書物が確かにある。
トーマス・マンの「魔の山」も、ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」や、ドストエフスキーの
「カラマーゾフの兄弟」と並んで、そんな文学の一つだと私には思われる。

長年買い置いたままになっていた「魔の山」に手を付けたのは、
交通事故で全身打撲し、「水平生活」を余儀なくされた時期のことだった。
ハンス・カストルプ青年が大学入学前の休暇に、スイス山中の結核療養所に
従兄弟を訪ね、肺に問題が見つかった彼も、はからずもそのまましばらく
滞在することになってしまう。
そして、地上から離れたダボスの、澄んだ空気の中で出会った様々な人から、
いろんな事を学んでいく。
(登場するロシア貴族のサーシャ夫人は、詩人ポール・エリュアール夫人で
後にサルバドール・ダリの愛妻になったガラがモデルらしい。)

印象的なのは、院長が患者の集まるサロンに置いた蓄音機に、
カストルプ青年はのめり込み、次々と院長自慢のレコードコレクションを聴いてゆく場面。
中流家庭に育ったごく平凡な青年と紹介されるハンス君は、なかなかどうして
「歌劇アイーダ」の、終幕で閉じ込められた恋人たちの、絶望的な嘆きの歌の
心の襞に涙するくらい、イタリア語のニュアンスが解るのである。

「魔の山」を読んで、そこに出てくる音楽を聴き直したくなる人は多いのでは。
私も早速「アイーダ」のCDを買いに行った。
明るい子供の歌として、長調部分しか知らなかった「菩提樹」を、
シューベルトの歌曲集「冬の旅」の中で、暗い短調部分を含むオリジナルを聴いた時の
青年の驚き。
私もそういえば「冬の旅」を全曲通して聴いたことがなかったと気づき、
そこで百貨店内のCD売り場で手に入れたのが、ディースカウによる「冬の旅」だった。

cd808960.jpeg  色んな演奏家による「冬の旅」のCDの中で、
  これを選んだのは、
  A.ブレンデルが伴奏を弾いていたからだったが
  その頃あまり知らなかったディースカウの
  柔らかで深みのある声に、すっかり魅了され、
  何度も何度も繰り返し聴いた。
  歌詞の対訳を読みながら、
  何と暗い歌かしら、と思いつつ。






カストルプ青年の静かな「水平生活」は、第一次世界大戦の暗雲に呑まれていく。
銃弾飛び交う戦場で思考が止まって、ただ泥や硝煙中を行軍する青年は、
無意識に歌を口ずさんでいる。あの「菩提樹」を。

吉田秀和氏の「永遠の故郷」の終章も、
このカストルプ青年の「菩提樹」で幕が閉じられたのである。


     今の私はあすこからずっと離れたところにいる。
     でもあのざわめきはいつだって、耳から離れない。
     「お前の心の安らぎはあすこにあるのだよ。」


     「お前の心の安らぎはあすこにあるのだよ。」





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