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Posted by - 2025.04.03,Thu
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Posted by Ru Na - 2011.06.19,Sun
現在行われている河川工事で、自生する草木に覆われた河岸や中州が削られ、
人工芝や護岸のコンクリートで、自然の景観が壊されつつある金沢市の川。
これらの工事が、野鳥や自然にどのような影響を及ぼしていくか、調査して県に提言するため、
日本野鳥の会石川支部の有志が、この春から月に一度、中流域・大桑地区で、
鳥の種類と数の観察・記録をしている。

この川は私のフィールド。心安らぐ環境を、そう易々と破壊されたくない。
双眼鏡とカメラを携えて、朝9時、集合場所へ。調査会に参加させてもらった。

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 川原はすっかり
 緑に覆われている。
 今日は暑くなりそう。














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川岸の小道を上流に向かって、
ほとんど探鳥会気分で、
鳥や植物を見ながら歩いた。



水面の段差が大きい堰には、
しばらく姿を見なかったゴイサギたち。
流木がいい具合に引っ掛かって、
鳥たちに素敵な足場を提供している。



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 まだ羽根が茶色い
 雛たちも、
 一人前の顔をして
 狩りに加わっていた。
 その数20羽。
 水質が心配だが、
 みなの様子は
 例年と変わりない。
 
 アオサギと
 場所取り合戦をしている
 のも、おなじみの光景。





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 「ごちそうさま〜。」
 
 せっかく遡上したのに
 捕まってしまった
 かわいそうな鮎。






堰の上部を歩く小さな鳥はイソシギ。砂州と行ったり来たり。2羽いた。

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ウミネコのつがいが上流方向に飛んで行った。
対岸ではカルガモが7羽。そのすぐ傍にトビが舞い降りた。

resize2832.jpgカルガモを襲う様子もなく、
水をちょっと飲んで、
すぐまた舞い上がって、
木陰に入った。



次第に日差しが
強くなって、
気温もぐんぐん上昇。
予報通り、
暑い日となった。











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Posted by Ru Na - 2011.06.16,Thu
金沢市を流れる二つの川のうち、女川とも呼ばれる浅野川で、
鮎が謎の大量死しているのが発見された、と報道された日の夕方、
男川と呼ばれるもう一つの川、家の近所の犀川を通った。

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 下流から上流まで
 至るところで河川工事をし
 木は切られ、中洲はことごとく
 削られているが、
 室生犀星碑の辺はまだ
 中洲や潅木が残っている。

 いつもは川面近くを
 行き来している
 セグロセキレイが、
 桜の梢の高い所で
 さかんに囀っていた。



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姿は見えなかったけれど
オオヨシキリの声もした。
オオヨシキリは
6月いっぱいは鳴くとのこと。
ただ、例年のように
数は多くないし、
鳴き方も少ないようだ。







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 桜橋をくぐって
 上流に向かうと
 草や潅木が少なくなる。
 それでも季節がら
 草は生い茂っているが、
 近頃ひとつがいしか
 見かけないカルガモも
 いなかった。

 岸近くに鯉が一匹、
 人が近づいても 
 元気なさそうに
 ぼんやりしているだけ。


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一体どうしたことか、なんだか様子がおかしいと思いながら土手に上がると、
川岸の3階建てのマンションの上にアオサギがとまっていた。

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時々物憂げに辺りを見回して、すぐ羽に頭をつっ込んでしまう。
こんな所で寝てしまうつもりなの?こころなしか、その目にいつものような元気がない。

帰宅してから、犀川の河口で水質検査をしたら高濃度の汚染が見つかったらしいと、
家族が言うので調べてみたら、地元紙にこんな記事が。

  犀川汚染、全国平均6倍超の化学物質 河口で検出、原因不明
 
  金沢市の犀川河口の水から、国際条約で製造と使用が原則禁止された化学物質
 「ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)」が高濃度で検出されていたことが、
 13日までの環境省と石川県保健環境センターなどの調査で分かった。
 全国平均の6倍超、日本海側では最高値だが、なぜ犀川が高いのかは不明。
 PFOSは、健康に悪影響を与える可能性が指摘され、
 専門家は「環境に長期間残留するため、継続的な監視が必要だ」としている。

    <中略>


  同時に調査したPFOSの類似物質「ペルフルオロオクタン酸(PFOA)」の濃度は、
 犀川河口2万6千ピコグラムで堺市(3万1千ピコグラム)に次いで全国2番目、
 平均値の16・25倍に達した。

上流に工場などない犀川で、この高濃度汚染は信じ難い。
日本海側は大陸からの大気汚染の直撃を受けているけれど、
それにしても全国2番目の汚染とは、一体全体何がどうなっているのか。
鯉や鳥たちの様子が何だかいつもと違うようだったのは、このせい?
夕陽に照らされたアオサギは、まるで終末を見ているような目をしていた。

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今日鮎漁が解禁になって、浅野川を避けた釣り人達が犀川に殺到したというが、
皆この水質汚染をどう捉えているのだろうか。

Posted by Ru Na - 2011.06.11,Sat
「かなざわるねっせんす展」が昨日から始まった。
今日の午後、マウンテンバイクで会場まで行こうと思っていたところ、
同じく出品している友人が車の同乗を誘ってくれたので、一緒に産業展示館へ出かけた。
紙に関するいろんな展示や体験コーナーがあるペーパーショウの会場の一区画の、
赤い壁で仕切られたスペースに、93人のデザインによる259種のデザインの扇子が
並べられていた。

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とはいえ、売れてしまったものはキャプションしか壁に残っていないので、
全ての作品が見られなかったのは残念。

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私の出品した4本のうち1本も売れて無くなっていた。
黒色を基調にした扇子がわりと多く、赤い壁の上によく映えていた。

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 青い壁のコーナーには、
 「青」をテーマにした
 ポスター展。












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ペーパーショウには、カレンダーや
パッケージデザイン、本の装丁など、
デザイン関係の展示も多いが、
日本各地の和紙の比較も興味深く、
紙そのものの魅力が満載。

創作手漉き紙のコーナー。
こんな大きなものを
一体どうやって漉いたのだろうか。





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 和紙を使った着物や
 バッグや飾り物など。











会場を出てから、ついでに普正寺の森まで行った。

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ムクドリが沢山。芝の上を走ったり、木立から木立へ群れで飛び回ったり、
その賑やかなこと。
巣立ったヒナたちが親と一緒に飛ぶ練習をしているらしかった。

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友人は桑の実を見つけて、
「摘んでいきましょうよ。果実酒にするのよ。」

木々の間を飛び回るムクに混じってちょこちょこ枝をつたう小さい鳥が。コゲラだった!
忙しそうにあちらこちらの枝を行ったり来たりしていた。

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ツツピ、と言って、シジュウカラが近くの看板の上にとまった。
シジュウカラはよく、他の鳥たちを見ていると、「ぼく、ここだよ。」というふうに
近寄ってくる気がする。

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Posted by Ru Na - 2011.06.10,Fri
TVをつけると、-アナログ放送は7月24日で終了します。- とのメッセージが、
しつこいくらい流れる。

我が家のメインのブラウン管TVは、壊れるまで使う、と決めて、
チューナー代わりのブルーレイレコーダーを接続したのは、以前書いたとおり。

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しかしTVは1台だけではない。
そして、メイン以外の他の2台がある部屋は、vHFの局しか映らないのである。

これは20数年前、家の建て替えをした時のアンテナ線工事がずさんだったせいで、
気がついた時には、建設会社の下請けをした電気店は潰れて無くなっており、
家を手がけた建設会社の人や、電気工事の人に見てもらったが、
壁の中で、アンテナ線がぐちゃぐちゃになっていて、何が何だかわからない、と言われ、
まあNHKが見られるのだからいいか、民放はほとんど見ないのだし、と
長年不自由は感じずにいた。

ところが、放送の完全デジタル化が決まり、デジタル放送の電波は、
UHFのアンテナの方を使っているという。
このままでは、UHF局の電波が入らない部屋では、受信機があってもTVが
映らないということになる。

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自分の部屋のTVは、主に映像編集や、VHSテープをDVDにダビングする時の
モニターとして使っているので、緊急時のTVニュースが見られないのは
ちょっと不便だが、TV放送が入らなくてもまあいいか、と気にしないでいたが、
問題は、父の部屋のTVが映らなくなること。
父は数年前、すでに地デジ対応の小さな液晶TVに買い替えていて、
庭仕事ができない天気の悪い時、部屋でのんびりTVを見るの
を楽しみにしている年配者にはちょっと酷である。
彼は数年前、すでに地デジ対応の小さな液晶TVに買い替えていて、
すぐにでも地デジが見られるつもりでいた。

何とかせねばと方法を探し、他の2部屋にもアンテナ端子があるのを発見。
ここにUHFの電波が来ているなら、TVのある部屋まで延長ケーブルを引っ張れば
問題は解決するから、そのうち確かめてみねばと思っていたら、
父が家電量販店に、誰か見に来てほしいと連絡していた。

最初に来たのはあまり専門的な人ではなさそうで、
電波測定器も持たずに、TVを他の部屋に運んで直接つなぐという
原始的な方法を試すのに、ずいぶん時間をかけていた。
結果、そのアンテナ端子は役に立たないことが分かったのだが、
壁の中の配線し直しは費用も時間もかかりすぎる。
屋根の上のアンテナから、家の外壁にケーブルを這わせ、壁に穴を開けて室内に
アンテナ線を入れるという、私もいざとなったらそれしかないかなと考えていた方法を
提案し、工事の専門家をよこしてくれることになった。

そして、今日来たのはとても若い工事人さん。
でも、とても知識も経験も豊富そうで、計測器で一応いろいろ確かめてみてから、
ことによると壁内部の配線1箇所直せばいいだけかもしれない、と言うので、
屋根裏に入ってみてもらった。

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 電波測定器










それで分かったのは、アンテナ線は6分配になっていて、アンテナ端子は家に中に
6箇所あること。そして、ブースター(電波増幅器)のアダプターがあるのに、
肝心のブースターが付いていないこと。(どうして今まで誰も分からなかったの?)
各部屋のアンテナ端子が出ている盤を壁から外してみたら、
何と、アンテナ線が端子につながっていなかった!

問題ないメインのTVは、大ぶ前台風で屋根のアンテナが倒れたのを直してもらった時に
そうしたのか記憶がないが、アンテナから直接外壁をつたってケーブルがきていたのだった。

じゃあどうして、他の2部屋もアナログTVが映るの?
どうも端子盤の裏側の金属が、アンテナ代わりになって、アナログ電波を拾っていたらしい。
世の中にはこんなことも起きるのね。

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古い端子盤。ケーブルは差し込み式ではなく銅線をネジに巻きつける。

それで天井裏に、デジタル専用ブースター(アナログ用はもうないらしい)を付け、
天井裏にケーブルを這わせ、各部屋の天井に小さな穴を開け、ケーブルを部屋に
引き込んで、交換した最新の端子盤に接続。
という工事をしてくれて、壁内部の配線は高価くつくはずなのに、
外壁伝いにケーブルを引き込むより安価ですんだ。

ケーブルが露出しているのは見た目が悪いし、自分が嫌いなのでと、
若い工事人さんは、蒸し暑い中汗を流しながら、天井裏に上がったり降りたり、
丁寧に手早く作業をしてくれたのだった。
ご苦労様でした。そして本当にありがとうございました。
   
                     
しかし、デジタルブースターがUHFしか対応していないので、
私の部屋のアナログTVは、NHKが入らなくなり、その代わり今まで映らなかった
テレ朝などが見られるようになったのだった。

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ヒヨドリが種子を運んできたのか、庭にいつの間にか生えていた植物に
こんな花が咲いた。







Posted by Ru Na - 2011.06.05,Sun
ひがし茶屋街にある茶房で開催中の「3日だけの花展」は、今日が最終日。
華道家に混じって、友人の建築家やグラフィックデザイナーが参加しているので、
ぜひ見に行きたいと思っていた。

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出かけようとしたら雨が降ってきたけれど、空は明るい。
そのまま自転車で、百万石祭りの余韻が残っている街を横切った。

古い茶屋を改装して、昔ながらの家屋の構造をそのままに、モダンな味付けをした
スペースをうまく生かした花展を見た。

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 グラフィックデザイナーの
 tamaさんの作品。
 青いボールは地球で、
 それを他の天体が
 見守っているのだそうだ。











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アクリルケースの中に、
ツメクサなどの草を生やした、
これもまたtamaさんの作。
いずれも、震災被災者への
応援エールを込めている
という。
草は元気よく伸び、まるで、
-この大災害を乗り越えようと
している東北の人たちの力強さ
みたいでしょ。-とtamaさん。

左は無限大のマーク。
右には日本の旗が
象られている。



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夜、何気なくTVを観たら、民俗学者、梅棹忠夫の思考に沿ってこの震災を読み解く、
という番組をやっていた。

 -文明と科学の進歩は闇に通じる。科学に対する知的な好奇心は人間の業(ごう)である。
 業から逃れるのは、それが業であることを自覚するしかない。-

今回の原発事故で痛感するのは、
人間の手に負えない事に平気で手を出してしまう人間の性(さが)。

 -不安定な地殻の上にある日本では、昔から人は無常の観念を持たざるをえなかった。-

「我々はこの地球上に仮住まいしているのだから。」という、玄侑宗久さんの言葉を思い出す。
便利な現代生活にどっぷり浸かって、いつの間にか自然の猛威を軽視していたのを、
こんな形で思い起こさせた今回の震災である。

花を生けるのは、うつろうものの一瞬を切り取る行為のように私には思われる。
あらゆる生の儚さは地球の瞬きにすぎず、永遠とは想いの中にしか存在しない。
ひと時の花の姿は、その束の間の生を象徴しているよう。


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大手堀の横を通って帰路へ。葉の茂る桜の木では雀とシジュウカラが遊んでいた。

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雨はすっかり止んでいたので、ついで川まで足をのばした。
オオヨシキリは鳴いていなかった。子育てが終わったのだろうか。
水量が増えて流れが速いせいかここしばらくサギ達の姿が見えない。

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1本の杭の上に
仲良くとまる
ハシブトガラスの
カップル。




雲のあわいに
-この世は美しい。-
と言いたげに、
夕日が姿を見せた。




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Posted by Ru Na - 2011.06.05,Sun
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  金沢ペーパーショウにおける
  “かなざわるねっせんす展”の
  ために、3月にデザインした
  扇子が仕上がって、4日
  そのお披露目会があった。





















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会場となった印刷屋さんは、
とても遠くて行くのがたいへん。
同じく出品している友人が、
一緒に車に乗せてくれて、
道に迷いながら、なんとかたどり着いた。

会場では、自分のデザインした扇子を確かめて、
名前とデザインが印刷された小さなラベルを
貼り付けた箱に、それぞれ収めた。

展覧会では、すべての扇子が広げられてずらりと並び、販売される。
売上金の一部は、東日本大震災の義援金となる。

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PC画面で見る色と、実際に印刷される色が違うので、苦労したけれど、
仕上がったものを見ると、何とかさまになっていて、一安心した。
PCによるデザイン版下制作は初めてだったので、最初はずいぶんもたついて、
分からないことが出てくると、主催者代表の方に逐一電話で問い合せしていたが、
その度に懇切丁寧に教えて下さって、おかげで完成させることができたのだった。
そのデザインが、こんなふうに扇子になっているのを見ると、やはり嬉しいものだ。






Posted by Ru Na - 2011.05.27,Fri
五月になると、とりどりの花がいっせいに開き、
我が家の周りでも、1年で最も華やぐ季節が始まった。

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 庭の垣根では
 テッセンが満開。
 例年、陽の方向のせいか、
 花はほとんど隣の庭側に
 咲いてしまい、
 テッセン好きのお隣の奥さんを
 喜ばせているのだけれど、
 今年は家の側にも
 沢山の花を開かせた。





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池のほとりの築山には
葵と蕗が、青々と茂って、
初夏の風情をかもしている。








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 前庭のキンギョソウ。

 





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ここにも鉢植えのテッセンがあり、
ブルーベルの可憐な花と共に
あたりの空気を青く染めている。







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横庭の鉢植えの桜は、
小さなさくらんぼを実らせ、
ヒヨドリたちのおやつに
なっているが、
今年はみんな食べられる前に、
人間用にも、いくらか収穫できた。



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小さいのが我が家のさくらんぼ。大きなものはアメリカンブラックチェリー。
Posted by Ru Na - 2011.05.20,Fri
今日はひどく暑くて7月並の気温になったが、
金沢城の石垣にきんぽうげが咲き乱れる季節は今だけ。
少しだけ様子見にと、夕方金沢城址公園に出かけた。

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キビタキの声が聴きたかったし、運が良ければオオルリにも会えるかもしれないと、
痛めた左足甲がまだ腫れているのだけれど、とにかく行ってみた。

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閉園まで1時間をきり、人の姿はほとんどない。
鳥たちのいろんなさえずりが聞こえるが、茂った葉むらのどこにいるのか
なかなか見つからない。
草叢から飛び立ったのはカワラヒワ。セグロセキレイも忙しそうに飛んで行った。
ハシボソガラスも、街中からねぐらに向かうため、そろそろ集結しはじめていた。
シジュウカラやヤブサメの声はするのだけれど、出てきてくれない。

私にはキビタキとオオルリの声の区別がつかないのだが、
(ネットで調べると、キビタキの真似をするオオルリの声、なんて載っていて、
ますます混乱する。)
澄んだ高い声でせわしなく鳴いていたのは、どうもキビタキの方みたいだった。

いろんなさえずりが聞こえる木立の大木を、ふと見上げると、
この前福島潟で見た小鳥に良く似た灰色の鳥が、枯れ枝の上にいた!

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辺りを見渡し、ちょっと飛んではまた元の枝にとまる、をくり返していた。
帰ってから調べると、サメビタキだった。
空中の虫をフライングキャッチしていたようだ。
福島潟で見たのは、コサメビタキだったかもしれない。

園を出て、用事のある寺町に行こうと、川辺を通過。
川原に降りたら、あのなつかしいオオヨシキリの声がした!
川原の木々がずいぶん伐採されたので、今年は居場所がないのでは、と心配していたが、
ついに、この川にもオオヨシキリが戻ってきた。

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中州も削られてしまい、
川の中には草も小石も
残っていない箇所が
増えたが、
アオサギは定位置に
ちゃんといた。








Posted by Ru Na - 2011.05.17,Tue
愛鳥週間にあわせて、県立歴史博物館で朱鷺に関する特別展示があった。

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毎年この時期での開催は、
ニュースで聞くのだが、
まだ見に行ったことがない。

能登の最後の朱鷺、
能里の剥製が、2年ぶりに
公開されているというので、
若葉の木々に囲まれた
歴博に、先日足を運んだ。




第3棟の小さなスペースの入り口に、-朱鷺の卵はどれでしょう。-のコーナーがあって、
右の壁面は、能登の朱鷺の保護に尽力してきた、村本義雄さんによるいろんな資料。
左側には村本さんのコレクション、鳥グッズあれこれ。
細長いスペースの一番奥に、能里さんがいた。

これまでも、朱鷺の写真や映像は見てきたが、剥製とはいえ実物に会うのは初めて。
想像していたより小さくて、実に優美で上品な姿。
淡いコーレルピンクが白い羽の下に見える。なんときれいな色。
これが、正真正銘の朱鷺色!
横のテーブルには古い録音機が置いてあって、能里さんの鳴き声が流れていた。

かって日本のいたるところに朱鷺はいたらしい。
そのきれいな羽毛を取るため捕獲され、さらには田畑の農薬によって
その数は激減したという。
私がもの心ついた頃には、朱鷺の絶滅が危惧されていて、
保護に奔走する村本さんの活動がニュースで伝えられていた。
ついに本州では、能登の一羽だけにになってしまい、
能里さんは独り何年も仲間を探して、鳴きなが飛び回っていたという。
同種がいなくなって、この世にたった独り、というのは
どんなに恐ろしく、寂しいことだったろうか。

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能里は1970年に捕獲され、佐渡のトキ保護センターに移され、
佐渡のキンとつがいになったが、子を残さぬまま翌年逝去。
日本最後の朱鷺、キンさんは83年に亡くなった。

中国の山中で発見され、現在佐渡やいしかわ動物園で人工飼育され、
放鳥によって自然繁殖が期待されている朱鷺たちは、
いなくなってしまった日本の朱鷺とDNAが全く同じという。
能里さん、独りじゃないよ、安心して子孫の未来を見守っててね。

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博物館を出ると、旧美大の象徴、欅の大木から、
若木に飛び移って遊んでいるシジュウカラがいた。

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県立美術館の裏には
オダマキの花。

新緑の上に木漏れ日がゆれる
本多の森の、急な階段を降りる。




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 旧中村邸には
 八重のつつじが
 咲いていた。


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Posted by Ru Na - 2011.05.17,Tue
海際の住宅地を通って南下し、九十九湾を目指す。次第に空が暗くなり、
道が内陸部に入り込んだあたりで、ぽつぽつ雨が降り出した。
九十九湾の北側に着いた頃には夕暮と雨で薄暗くなっていた。

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 左の奥。
 その日最後らしい
 遊覧船が出るところ。
 

 晴れていれば
 透明な海の色が
 とてもきれいな筈だけれど
 今は灰色っぽくて
 水底もあまり見えない。




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湾に沿って車で進むが、行き止まりになってしまった。
ちょうどその時、目の前の防波堤の後ろから小鳥が舞い上がって電線にとまった。
海水に浸かったのか、やたら羽毛をふるっている。
何の鳥?  何とイソヒヨドリだった!! ずっと会いたいと思っていた鳥!

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引き返し、別の道から湾の中ほどへ。
メインの水中遊覧船の船着場があるが、もう人気もなかった。

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こんなこぢんまりした
所だったかな。

子供の頃、父が穴水に
単身赴任していて、
夏休みには穴水の宿舎が
我が家の別荘のようだった。
そこを起点に、能登の方々を
周り、父が金沢に戻った後も
夏は毎年のように
能登に出かけた。




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岩場の海で、ヤドカリや小さなカニと遊ぶのが何よりも楽しみだった。
青にあるいは緑に澄んだ水底をのぞくと、目眩がするほど深みまでよく見え、
吸い込まれそうで怖いのだけれど、目が離せなくなっていた。
別世界のような深い水底を、畏怖で凍りついたように見つめていた感覚が、
心の最も奥まったところにいつも沈んでいて、海の夢をよく見る。
海に恐れを抱きながら、私は海にいつも焦がれている。

珠洲や九十九湾に来たのは、子供時代以来のこと。
中でも九十九湾は、海中が見える遊覧船に乗って海の中をのぞき、
水の深さと透明さに最も魅せられた思い出の場所である。

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穴水の山中を通って金沢への帰路についた。

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Posted by Ru Na - 2011.05.15,Sun
木ノ浦海岸を通って、         resize2635.jpg
途中小さな塩田をいくつも見ながら、
能登半島最北端の禄剛崎に到着。



昼食をとりに、道の駅の
広い駐車場に面した食堂に入ると、
レジの横の土産物コーナーに
穴の開いた白い小石が積んであった。
店の人にたずねると、
禄剛崎の崖の下の海岸で拾ってきた、
ここでしか見つからない石だという。
「お天気石」と呼んでいるのは、水にぬれると黒くなるからだそうだ。
波が作った形と穴がおもしろくて思わずいくつも買ってしまった。

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 この辺りの海岸は
 岬をひとつ回って
 隣の浜に行くと
 石の種類がみな
 違ってくるのだそうだ。

 いろんな花が咲く
 急な坂道を登って
 灯台へ。



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今は無人の灯台の周囲から
ぐるりと海が見渡せてとても爽快。
水平線が弧を描いていた。地球は丸い。

「日本列島ここが中心」という
石碑もあった。

ひろびろとした水平線から、崖下に
目を移すと白い洗濯板のような岩場。
その端にたたずむアオサギが
点のように小さく見えた。






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道の駅で、甘すぎず絶妙な味の豆乳ソフトクリームを食べてから出発。
金剛崎の山道を通る。谷間の民家の壁には-原発反対!-と大きく書かれていた。
古いものらしく、白いペンキが剥がれかかっていた。
よくぞ闘いました。珠洲原発の建設を阻止できて本当に良かった。

途中工事中の迂回路を通ったら、道に迷ってしまった。
ぐるぐる回って、何とか海沿いの道に戻る。(このあたりはもう内浦)

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 蛸島のあたりの小さな川から
 海に泳ぎ出るコブハクチョウを
 目撃。
 野生のコブハクチョウは稀らしい。 
 あなたはここの住民?
 それとも迷い鳥?
 何処から来たの?
 海に浮かぶ網の塊を
 さかんにつつく姿は
 なんだか寂しそう。



恋路海岸のはずれ、見付島にたどり着く。

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いきなり海の中にこんな巨岩がある光景は、不思議な感じがする。
軍艦というより、頭の巻き毛が伸びたトロールのよう。
Posted by Ru Na - 2011.05.14,Sat
輪島の街を出て、珠洲方向にしばらく行くと、あの有名な千枚田。

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resize2627.jpg ここには子供の頃
 来たはずだし、
 TVのニュースでも
 時々見ているけれど、
 一枚の田んぼが
 こんなに小さかったかしら。
 これでは田植えも
 稲刈りもとても大変そうで、
 成る程、人手を確保するため
 駐日大使館員の家族の
 田植え体験会など、
 毎年いろんな企画で
 人寄せするはずね。
 と思った。





さらに進むと曽々木海岸。岩場の海の絶景が続く。

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窓石と静かな浜。
外浦なのに波は穏やか。




波の花が舞う冬になると
落水が空に向かって
吹き上がるという垂水の滝。






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このあたりの波打ち際は緑色をしている。
よく見ると、緑なのは水ではなく岩や石の色。

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右は波の浸食で形造られたという、ホタテ岩。
このあたりの遊歩道は、数年前の能登沖地震の影響で通行止めになっていた。






Posted by Ru Na - 2011.05.12,Thu
翌7日は朝から初夏のような暑さ。
まず輪島の朝市をぶらついた。

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 昔美大のスケッチ旅行で
 来た時は、ほとんどが
 魚など海産物の屋台だった。
 次に訪ねた時は、だいぶ
 観光客向きの店が増えていた。
 今は漆器の店や
 土産物の店が
 海産物の屋台より
 多いくらい。




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色とりどりの布で編んだ草履を売る
おばあさん達があちらこちらにいて、
おしゃべりに興じている風景は
相変わらずだった。








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 朝市通りにある
 イナチュウ美術館に
 初めて入ってみた。
 輪島塗の最大手・稲忠の
 社長のコレクションで、
 ヨーロッパ宮廷美術が中心。
 ルーベンスの大作を購入した
 時は大きな話題になった。



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 テーブルの上にある
 3点の銀器は、
 ルードヴィヒⅡ世が
 使っていたものという。


 豪華絢爛な展示
 だけれど、
 玉石混交のよう。
 鑑定価格を
 大きく表示している
 のが可笑しかった。



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Posted by Ru Na - 2011.05.11,Wed
5月6、7日の二日間、車での能登半島一周旅に出かけた。
能登有料道で穴水へ。それから内陸を通って外浦の西保海岸に向かった。

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 さわやかな新緑に囲まれた
 男女滝。
 ウグイスのさえずりが
 谷間に響きわたっていた。

 ひとたび天が怒ると
 大災害をもたらす水だが、
 私は水のある風景に
 なぜかいつも心惹かれる。

 




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そこから曲がりくねった道を進むと、海からの風を防ぐ間垣の集落、大沢に出る。

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これから輪島まで能登最後の秘境と言われる西保海岸。
海に落ち込む切り立った崖の高台に沿って道が続く。

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 崖下にはところどころ
 奇岩があって、
 それぞれ名が付いている。












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この道は20年ぶり。
道の両脇の木々が
空を隠すように覆い被さり、
まるで緑のトンネルの
ようだった。
枝々の間から低い海面が
垣間見える風景がいつまでも
心に残って、再び訪れたいと
ずっと思っていた。
それが、能登沖地震の後
道を広げたせいなのか、
なつかしい緑のトンネルは
ほとんど残っていなかった。





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千畳敷とゾウゾウ鼻 という岩を見て、方々の展望台に停まりながら輪島へ。
どこに行ってもシジュウカラやウグイス、そしてヒヨドリがにぎやかに鳴いていた。

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 輪島の海岸に着いた頃
 日没が始まった。
 この岩場は昔、
 食べかけのコロッケを
 トンビにさらわれた
 思い出深い場所。
 澄んだ水底が
 見られるはずの岩場は 
 水位が下がっていて
 赤潮のせいか
 水はよどんでいた。







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輪島に来たのも20年ぶり。ずいぶん街がすっきりし、きれいになっている。
旧輪島駅は道の駅になっていて、夜そこで御陣乗太鼓の公演を見ることができた。







Posted by Ru Na - 2011.05.10,Tue
5月4日は糸魚川の翡翠峡へ。

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 この辺りの山には翡翠の原石が多く、
 渓流に乗って海まで運ばれ、
 海岸では今でも翡翠を拾うことが
 できるらしい。

 翡翠峡と呼ばれる所は
 何箇所かあるが、
 我々は青海川を遡って
 橋立ヒスイ峡の下端に行ってみた。












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急な崖に沿って組まれた
今にも崩れそうで危なっかしい
木の遊歩道を奥まで進む。



流れの中のそこかしこに翡翠の
大きな原石があるらしいが、
白っぽい岩がそうなのかも
しれない。
流れの色そのものが、
翡翠を溶いた様である。




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海から急に高くなる山を降りて、道の駅・親不知ピアパークへ。
屋内展示としては世界最大の翡翠の原石がある資料館は、もう閉まっていたけれど、
石碑やレストランの入り口に飾ってある石も原石のようだった。

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暮れかけた海岸には、粟津潔による
巨大な海亀のモニュメントが、緑の光に照らされていた。

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金沢市在住の美術家
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