見たこと、聞いたこと、感じたこと、考えたこと。
Posted by Ru Na - 2011.12.17,Sat
ベートーヴェンの誕生日の今日、グレン・グールドの新しく封切られた映画
「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独 The Inner Life of Glenn Gould」
を観てきた。
最近出版された、
マイケル・クラークスンによる
「グレン・グールド シークレット・ライフ」
という本がある。
今まで公にされてこなかった
グールドの恋愛について、
元の恋人たちや関係者に
粘り強くインタビューして、
いろんな検証を重ねて
執筆されたもの。
著者はかって、あの隠者J.D.サリンジャー
を取材して評価を高めた人らしい。
グレン・グールドは、
歿後29年経っても依然、
世界中の人を魅了し続け、
あまたの伝記、評論が刊行され続けている。
あの驚異的な音楽がどうして一人の人間から生み出されたのか
その謎に近づきたいと思う者が世界中に多数いて、各々が「私のG.G.」と思っているのだろう。
私もその一人で、手に入る限りのCD,書籍を集め、グレン・グールドのことなら
どんな些細なことでも知りたい。
しかし、「カナダの孤独な隠遁者」、「最後の清教徒(グールド本人の言葉)」
と呼ばれ、生涯独身でカナダの大自然と、動物たちと孤独を愛した人の、
秘めておきたかった恋愛が暴かれるなんて、グールドの意に反していると思うが、
この映画の下敷きになっている「シークレット・ライフ」を一応あらかた読んでから
不安と期待が入り交じる気持ちで観に行った。
暴露趣味の映画だったらどうしようと少し心配していたのだが、
グールドへの尊敬と愛と思いやりに満ちた魅力的な映画だった。
「G.G. シークレット・ライフ」の本が出たと聞いた時、軽いショックと
やはりついに、という思いがあった。
世間は著名人の過去のプライバシーを暴くのが好きらしい。
しかし、グールドとその恋愛となると話は別。
踏み込むべきではない領域に何故今頃とも思ったが、関係者がまだ元気なうちに
いろいろ詳しく聞いておかねば、という切実な願いによるのかもしれない。
どの伝記にも書かれているのは、
とても潔癖性で病原菌を恐れ、夏でも分厚いコートと手袋でガードを固め、
人に触れられるのをひどく嫌い、握手などめったにしなかった。
誰かがくしゃみでもしようものなら、すぐ自分の車に逃げ込んで窓をぴったり閉めていたという。
(そのくせ大好きな犬なら、たとえ鼻水を垂らした犬でも平気で一緒に転げまわって
遊んでいたらしい。)
親しい人とも一定の距離を置いて、直接話すより長電話で話すのが好きだったとも言われる。
(本人もよく、自分は人といるより他の動物たちといる方がくつろげる、と言っていたらしい。)
そういう人物だから、およそ女性と本格的につき合うなんてできなかっただろうというのが
大方の意見のようだった。
G.G.写真集より。 モンタリオの
ストラットフォード・フェスティバルでの
ダンサーとツー・ショット。
とても楽しそう。
数あるグールドの伝記で、友人の手によるものでも、
本人があまり触れて欲しくなかったろう部分は、そっと伏せてあるのだが、
同時にファンにとっては、あのような生き生きして明晰な頭脳とユーモアに満ちた
魅力的な若者に恋人がいなかったとは考えにくいことでもあったし、
ある時期から深い陰影が、その音色にも容貌にも加わっていったのが
気になるところであった。
コーネリアさんとのことはある程度知られていた。
この映画は、ブルーノ・モンサンジョンによる映画「グレン・グールド ヒアアフター」(2006年)
と同様に、紅葉するカナダの美しい山林の風景から始まる。
リスト編曲のベートーヴェン交響曲No.6「田園」の演奏が重なり、
「G.G.コレクション」でお馴染みの、渓流を前にして指揮をするG.G.
観客が誰もいないホールの舞台で演奏するG.G.の姿が交錯する映像に移る。
「音楽のない生活は考えられない。・・」というセリフの前にカットされているのは、
「このような自然の前に立つと、下らない上昇志向を忘れられる。
都会の喧騒の中にいると、どうしても皆上昇志向に囚われてしまう。」
という下り。
このグールドの言葉を、私はいつも胸に収めている。
上昇志向とは、地位や名声を得るため創造と別のところで汲々とすること。
(一度大成功をおさめた人のみがそれの拒否を語る資格があるのかもしれないが。)
映画はG.G.の生い立ちから「ゴールドベルグ変奏曲」のレコードで、
世界的なセンセーションを巻き起こし、有名になっていったピアニストの軌跡を
写真や映像と共に追っていく。
前半特によく使われているのは、「グレン・グールド 27才の記憶」からの映像で、
バッハのイタリア協奏曲をN.Y.のスタジオで録音する様子と、シムコー湖畔の別荘での
情景やインタビューを織り交ぜたこの映画のシーンが、効果的に散りばめられている。
この映画では、イタリア協奏曲の代わりにゴルドベルグが流れ、ベートーヴェン、ハイドン、
モーツァルトの断片も挟まれる。
グールド若き日の恋人、フランシス・バロー(バチェン)さんがインタビューに答えている
現在の姿がさり気なく出てきた。
若い頃ヘビー・スモーカーだったらしいが、やはりその手には煙草が・・・。
幼い頃より大変苦労し、グールドの元を去る決意をしたのも経済的な理由が
大きかったという7才年上のこの女性は、現在気の毒にパーキンス病を患っているが、
その青い瞳は夢見るように美しかった。
「シークレット・ライフ」を読むまで、グールドがハープシコードのような音色を
気に入っていたというあの有名なアップライトピアノ、チッカリングは、
元フランシスさんのものとは知らなかった。
今回の映画でも、バッハのパルティータNo.2を練習する場面が出てくる。
興味深いのは、G.G.がトロント音楽院の師ゲレーロに習ったという
「フィンガー・タッピング」の練習法を、同じ弟子だった女性が実演して見せるところ。
グールドは後年ゲレーロと決別してから、その影響を否定しているが、
そして、無論この練習法だけで誰もがグールドになれた訳ではないが、
グールドのこの上もなく繊細な感性の表現の発露に、少なからず役に立ったと想像できる。
- 2 につづく -
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金沢市在住の美術家
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